22 / 110
夜鶯の見る夢②
「お茶、飲むかな?」
ルースが声をかけてきた。相変わらずどこから持ってきたのか、ティーポットとティーカップ。そしてなぜか温かいお茶。
本人曰く、アレ、らしい。ホントかウソかは分からないが、なぜ温かいのか、考えない方がよさそうだ。まだ飲ませるつもりなのかと、心の中で苦笑した。
「ああ、貰うよ」
そう言いながら、スプーンでシリアルをすくって食べる。中身が何だろうが、どうせ一度は飲んでしまったものだ。腹を壊すことはないだろう。まあ、ルースは俺をからかっているに違いない。
しかし、ルースからの返事がない。横目でチラと見てみると、ルースはカップを持ったまま固まって、不思議なものを見るような眼で俺を見ていた。吸い込まれるような紅い瞳。
「どした?」
「え、あ、いや、飲む、の?」
「ん? だめなのか? だめなんだったら勧めるなよ」
ネグリジェのレース越しに、またルースの体が透けて見えた。肉のない、細い体。抱きしめれば折れてしまいそうだ……って、俺、何考えてんだろ。
俺はまた、ルースから視線を逸らした。
と、木と土の香りがして、ティーカップが俺の前に差し出される。
ずずず
部屋の中には、俺がお茶を飲む音だけが響きわたる。マナーに気をつけてないわけじゃないが、音を立てずに飲むなんてどうやったらできるのか、不思議で仕方がない。俺にはそんな芸当は出来ないのだ。
「そういや、訊きたいことがあるんだけど」
カップを置いて、遠慮気味に視線を上げたが、目の前にルースの姿が無い。
「あ、あれ?」
そうつぶやいた瞬間、後ろから白い腕に抱きしめられた。最初は軽く、その後抱きしめる腕に力が入る。細いわりに、その力は強かった。
「おいおい、どうし……」
ルースの頭が俺の首元に押し付けられ、少し熱い吐息を感じる。ルースの匂いが鼻腔をくすぐった。木と土の、どこか懐かしい匂い。
振り払おうとして、しかし、なんとなく話をしてはいけないような気がした。しばらくの間、ルースのされるがままに任せていたが、さすがにこうしてばかりはいられない。
「何か、あったのか?」
そう問いかけてみたが、しかしそれにも返事はなく、しばらくたった後で漸く腕がするりとほどけた。
「何もない。何もないよ」
ルースは、俺に顔を見せないように後ろを向いている。
「訊くことがあるなら、今晩答えてあげるよ。ポットは置いといてくれればいい」
「変な奴だな。俺も今日はいろいろ用事がある。帰ってくるのは七時くらいだ」
ルースは後ろを向いたまま俺の言葉を聞いていた。
「おい……本当にどうしたんだ」
「何でもない。ただ、嬉しいだけだよ」
そう言うとルースは、まるで宙に溶けるように消えてしまった。
一体何がどう嬉しいのか、もちろん、俺には判らなかった。色々思うところはあったが、出かける時間が迫っていたので、とりあえず気にしないことにする。
お茶を飲み干し、カップとポットを洗おうとして、やめた。カップとポットはテーブルの上そのままに、シリアルを食べたボウルだけを水で流し、カバンを手にすると玄関へ。
扉を開けたが、そこにあの宇宙のような空間はもうなかった。
ルースがいないと向こうにはつながらないのか、それともつながりを切ったのか。
玄関の外に出る。見慣れたはずのくすんだ空が、随分と久しぶりに見るように思えた。
宮様と一緒に見た夜空は、随分澄み切っていたなあ。
ともだちにシェアしよう!