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夜鶯の見る夢②

「お茶、飲むかな?」  ルースが声をかけてきた。相変わらずどこから持ってきたのか、ティーポットとティーカップ。そしてなぜか温かいお茶。  本人曰く、アレ、らしい。ホントかウソかは分からないが、なぜ温かいのか、考えない方がよさそうだ。まだ飲ませるつもりなのかと、心の中で苦笑した。 「ああ、貰うよ」  そう言いながら、スプーンでシリアルをすくって食べる。中身が何だろうが、どうせ一度は飲んでしまったものだ。腹を壊すことはないだろう。まあ、ルースは俺をからかっているに違いない。  しかし、ルースからの返事がない。横目でチラと見てみると、ルースはカップを持ったまま固まって、不思議なものを見るような眼で俺を見ていた。吸い込まれるような紅い瞳。 「どした?」 「え、あ、いや、飲む、の?」 「ん? だめなのか? だめなんだったら勧めるなよ」  ネグリジェのレース越しに、またルースの体が透けて見えた。肉のない、細い体。抱きしめれば折れてしまいそうだ……って、俺、何考えてんだろ。  俺はまた、ルースから視線を逸らした。  と、木と土の香りがして、ティーカップが俺の前に差し出される。  ずずず  部屋の中には、俺がお茶を飲む音だけが響きわたる。マナーに気をつけてないわけじゃないが、音を立てずに飲むなんてどうやったらできるのか、不思議で仕方がない。俺にはそんな芸当は出来ないのだ。 「そういや、訊きたいことがあるんだけど」  カップを置いて、遠慮気味に視線を上げたが、目の前にルースの姿が無い。 「あ、あれ?」  そうつぶやいた瞬間、後ろから白い腕に抱きしめられた。最初は軽く、その後抱きしめる腕に力が入る。細いわりに、その力は強かった。 「おいおい、どうし……」  ルースの頭が俺の首元に押し付けられ、少し熱い吐息を感じる。ルースの匂いが鼻腔をくすぐった。木と土の、どこか懐かしい匂い。  振り払おうとして、しかし、なんとなく話をしてはいけないような気がした。しばらくの間、ルースのされるがままに任せていたが、さすがにこうしてばかりはいられない。 「何か、あったのか?」  そう問いかけてみたが、しかしそれにも返事はなく、しばらくたった後で漸く腕がするりとほどけた。 「何もない。何もないよ」  ルースは、俺に顔を見せないように後ろを向いている。 「訊くことがあるなら、今晩答えてあげるよ。ポットは置いといてくれればいい」 「変な奴だな。俺も今日はいろいろ用事がある。帰ってくるのは七時くらいだ」  ルースは後ろを向いたまま俺の言葉を聞いていた。 「おい……本当にどうしたんだ」 「何でもない。ただ、嬉しいだけだよ」  そう言うとルースは、まるで宙に溶けるように消えてしまった。  一体何がどう嬉しいのか、もちろん、俺には判らなかった。色々思うところはあったが、出かける時間が迫っていたので、とりあえず気にしないことにする。  お茶を飲み干し、カップとポットを洗おうとして、やめた。カップとポットはテーブルの上そのままに、シリアルを食べたボウルだけを水で流し、カバンを手にすると玄関へ。  扉を開けたが、そこにあの宇宙のような空間はもうなかった。  ルースがいないと向こうにはつながらないのか、それともつながりを切ったのか。  玄関の外に出る。見慣れたはずのくすんだ空が、随分と久しぶりに見るように思えた。  宮様と一緒に見た夜空は、随分澄み切っていたなあ。

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