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十六夜の月に濡れて⑪
セックスは初めてじゃない。でも……男とそんなことをすることが、果たしてセックスと言えるのだろうか。
先端にまとわりつく粘膜と、根元を締め付ける圧力。女性のそれとはまったく違う感触が俺を襲う。
刺激という点においては、前者に勝るとはとてもじゃないが言えない。しかし、どこかしら残る背徳感と、そして禁忌に触れたような畏怖――それが突然、ある瞬間に、言いようもない快感へと変わった。
驚き、と言っていいだろう。その自分の変化に戸惑いつつも、腰の動きをやめることが出来ない。
俺が動くたびに、宮様の嗚咽が大きくなっていく。それは、痛みと苦しみに悶えているようにしか見えず、しかし時折宮様の喘ぐ姿が、なぜか妖艶に見え、俺のモノは――決して大きいとは言えないのだが――はち切れんばかりに硬くなっていた。
動きが自然と少しずつ速くなっていく。
「んぐぅ」
宮様の口から、悲鳴にも似た叫びがこぼれた。そこで我に返り動きを止めたのだが、宮様はいやいやと首を振り、手を俺の方に差し出す。
宮様に体を寄せると、宮様が俺の背中をきつく抱きしめた。
「そなたは、我を、おなごの様に……扱うの、だな」
宮様が、荒い息の隙間で、囁きにも喘ぎにも似た声でそうつぶやく。
「いや、かな」
「そなたがそう望むのなら……そのまま、我の中に」
そこで宮様はまた、俺を強く抱きしめた。
もう俺を制止するものは無い。激しく動き、宮様の声が悶えから艶めかしいものへと変わるのを聴きながら、俺はとうとう宮様の中に欲望の種を吐き出した。
※ ※
「そういえば」
「な、何ぞ」
隣にいる宮様は、恥ずかしさいっぱいに俺の胸に顔を寄せたまま、顔を上げようとはしない。
衣服の上からはわからなかったが、露わになっている彼の体は、余りにも線が細く、少し心配になるほどだった。もう一度彼を抱きしめる。
とうとう、男性とやっちゃったな……
別に後悔は無い。「男だから」ではなく、「彼だから」こういう関係になったのだから。
月は随分傾いてしまって、部屋の中の一部分しか光が届いていない。御簾が開けっ放しなことを思い出し、屋敷中に彼の嬌声が響いたんじゃないかと思い立った。
愛し合っているときには感じなかったが、その熱が落ち着いてくると肌寒さが気になってくる。宮様の体が冷たくならないように、衣を二人でかぶって肌を密着させた。宮様の匂いが鼻腔を満たす。
「君の名前を聞いてなかったなって」
「名前?」
「そう。聞いちゃダメなのか?」
「そなた、もう我の名前を呼んでおる。いつの間に知りたるや」
「へ?」
「我は……綺美、なるぞ」
「きみ?」
「きみ」
意味がよくわからない風に考える俺を見て、彼は、俺の手の平に漢字を書いた。
「綺……美。なるほど、そういうことか
この時代――いや、この世界の名付け方はよく分からないが、見るからに女性のような名前である。きっと、生まれながらにして女性として育てられたのだろう。
「綺麗で美しい。君に……綺美にぴったりだ」
「他の者の前で、呼んではならぬぞ」
そうつぶやきながら、綺美は俺の胸にその唇を寄せた。
「わかったよ」
寝所には帳があるが、なんとなくすぅすぅと空気が通る。畳のようなものがベッドとして使われているが、敷布団も掛布団もないらしい。
衣を着せようとしたが、綺美は「しばし、このまま」と言ってまた肌を寄せてきた。ならばと、また二人で衣にくるまる。
「名前は、誰がつけたの?」
「お母上ぞ」
「そういや、お母さんは?」
そう尋ねると、綺美は少しの間黙ってしまった。
「ごめん、聞かないほうが良かったかな」
「我を産んで暫くして、お隠れになったと聞いておる」
「そっか」
綺美の頭をなでる。悪いこと聞いたな。
「お母上は……」
しかし、俺の心配をよそに、綺美は母親のことを話し始めた。もしかしたら、誰かと母親の話をしたかったのかもしれない。父親や乳母たちから聞いたという話を俺に聞かせてくれた。
綺美の母親は、遭難して流れ着いたところを助けられた渡来人だったそうだ。皇族である父親に見初められて側室として結婚したらしい。
この顔だとどうだろう。母親はコーカソイド、つまり白人かな。その人、どうやってこの地に来たのだろう。
ただ、なるほど身分が低い側室の娘なら、父親亡き後十分な援助が受けられなくなったのも頷ける。
女性として育てられたがために、両親からしか愛されず、異国の血を引くこの青年は、ずっと愛に飢えていたのではないだろうか。なら、俺は彼を、綺美を精一杯愛そう。彼がそれを望む限り、ずっと。
ふと考える。
そういえばここは日本でもなければ平安時代でもない。似て非なる隣の世界。この世界の世界地図はどうなっているんだろうな。
それはともかく、この屋敷ももう少し経済的に潤う必要があるだろう。
どうするか。
俺、来年春からニートですやん。
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