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誰そ彼と聞きし君①

 暁、つまりまだ暗いうちに屋敷を後にするのが男性の習慣らしい。  綺美とさらに小一時間は話をしただろうか。「べ、別に我はもう寝てもよいのだぞ」といいながらも、綺美は駄々をこねながら俺を何度も引き留めた。俺がもう一度長い口づけをすると、綺美はようやく安心したのか、衣服を着て寝ることにしてくれた。  別れ際、「べ、別に我は明日も来いとは言っておらぬぞ」などと布団代わりの衣で顔を隠しながら言っていたが、それは明日来いということなのだろう。 「べ、別に」から始まるセリフにビクビクするんだけど……  次の「別に」は一体なんだろうと考えながら屋敷を出ようとした途中、眠い目をこすっている藤に遭遇した。  俺を見て、顔を真っ赤にしながら、しどろもどろで意味不明なことを口走っている。  こりゃ、聞いてたな。  まああの屋敷の構造では、どこでいたそうが音は駄々洩れだろうから、どこでいたしたとしてもそんなに状況は変わらなかっただろう。  こういうもんだと思うことにする。あとの世話は藤がやってくれるだろう。  時計がない以上、月で時間を知るしかない。まだ辺りは真っ暗だったが、時間としては六時くらいか。直に空も明るくなってくるだろう。  そして思い出す。魂探し、してねー……  綺美のことを考えた。  彼は意志が強そうだ。でも、経験は少ないかも。  そもそも、この場所になぜ『扉』がつながっているのだろう。適当に選ばれた場所なのか、それともなにかしら必然的に、つまり『死にゆく者』がここにいるということなのか?  彼を狙う死神の姿が、ふと脳裏に浮かんだ。その死神の顔が、ルースのものへと変わる……  いや、そんな、まさか。  自然と体が震えてきた。  冗談じゃない。  それについてはルースに聞くしかないだろう。今のところ俺には『死』というものは感じられない。ルースは、俺にも分かるというような話をしていたのだから、それは杞憂に過ぎないのかもしれない。  嫌な想像を払おうと、頭を振ってみる。家に戻るか。  次に来るときは、明るい時間にしたいなと思いつつ、俺は祠まで戻った。  しかしルースの姿は無い。少し不安を感じる。  戻れるのか?  扉に手を掛け、恐る恐る手前に開いた。そこには、あの、宇宙のような空間が広がっていた。  ふう  ここに来る時のルースの様子を思い出す。  彼が何を考えているのかはわからないにせよ、綺美と結ばれてしまった後だと、ここでルースと会っても、どういう顔をしていいかわからなかった。  なんだろう、『ミイラ取りがミイラに』ということではないが……まさか俺が、男といたすとは。  別に後悔とかはない。逆に、余りにも普通でいる自分に驚いているくらいだ。もしかしたら、ルースを『意識』したから……とかじゃ、ないよなぁ。  扉をくぐって、少し慣れてきた空間に入る。空間と言えるのかどうかわからないが。  さて、どうしようか。 「ルース!」  大きな声で何回か呼んでみたが、しばらくたっても反応はなかった。  不安を抑えつつ、周りを見回してみる。問題があれば、綺美の世界に戻ればいい。その考えが、俺に余裕を与えてくれた。  そうすると今までは気付かなかったことが見えてくる。  視界に入る光の点は、刻一刻と位置を変えていた。動いているのではない、まるで蛍の大群が光るように、あちらこちらで点滅をしているような感じだ。視線を動かさなくても、それは同じだった。視界内にも扉のようなものが現れたり消えたりしている。そしてそれが二重三重に重なって見えたりする。  なるほど、目は三次元、この空間は四次元、ということか。  来た時のことを考えると、自分の部屋とここがそれほど離れているとは思えない。頭を動かしたり意識を集中させたり、色々やっているうちに視界内にクローゼットの扉をとらえた。 「ふふん、自称哲学者をなめるなよ。哲学は世界を超越しているのだよ」  扉の場所が分かればこちらのものだ。俺は滑るようにその方へと移動した。自然とルースへの不満が口を突いて出てくる。 「ったく、本当に俺が迷子になったらどうするつもりなんだ、アイツは」  一応間違っている可能性も考慮して扉を慎重に開けたが、見慣れた俺の寝室が扉の向こうにある。安堵のため息をつきながら部屋に戻った。  そのまま、リビングへと出る。  ルースがいると予想していたが、そこには誰もいなかった。 「あ、あれ」  訊きたいことがある反面、やっぱり顔を合わすのも何か気まずい。  それならそれでいいかと、俺はシャワーを浴びて、シャツパンツでベッドに入った。

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