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誰そ彼と聞きし君④
「えっ?」
驚きの余り、その子と藤を見比べてみる。
「兄の、桐です」
藤が、なぜか申し訳なさげにその子を紹介した。
「そっくり?」
「双子なんです」
確かに瓜二つ。髪型は微妙に違うが、顔や背格好は区別がつかないくらいそっくりである。ただ、決定的に違うところがあった……瞳だ。
藤の瞳は、光が零れ落ちんばかりにキラキラと輝いている。しかしそれとは違い、目の前の少年の瞳は……いや、目は『死んで』いた。
感情と名の付くものは感じられず、ただ、ただ、虚ろに俺を見ている。
まだ十代前半であろう桐と呼ばれる少年が持つ目にしては、あまりにも闇が深すぎるように感じられた。
「桐は、耳が聞こえないんです」
そう言うと藤は桐のもとへと近寄り、使っていない壺を探していることを言葉と身振り手振りで説明し始めた。それを見て、桐が反対側にあった壺を指差す。
「あれ」
全く覇気のない声だったが、しかし発音はしっかりしている。
壺を取ろうとする藤に、俺は何か食べるものはあるかと訊いた。揚げ菓子があるという答えが返ってくる。
「じゃあ、それも貰えるかな?」
「何をするのです?」
いまいち要領を得ないと言いたげな藤は、そう尋ねながら、見つけてきた菓子と壺を俺に渡す。見た目が煎餅のようで、味見すると米の味がした。使えそうだ。
「宮様を喜ばそうと思ってね」
俺は持ってきた砂糖の袋を破り、壺に移し替えた。
「甘いものって食べるのか?」
「柿くらいでしょうか。甘蔓は高くて手が出ません」
「じゃあ、砂糖って、知ってる?」
「えっと、お薬ですね。知ってますよ。見たことはないですが」
「高いの?」
「そもそも大陸からしか手に入りませんので……」
「オッケー」
不思議そうに首をかしげる藤を促し、厨を出る。桐も誘ったのだが、彼は俺のジェスチャーには反応せず、自分の仕事へと戻ってしまった。
砂糖の入った壺とお菓子をもって部屋に戻ると、相変わらず綺美が、扇子から目だけを出した状態で俺を見ている。ウィンクをしてみると、彼はささっと扇子に隠れてしまった。
貰った菓子を半分に割り、壺から砂糖を匙ですくってその上に載せ、二人に差し出す。
「食べてみて」
その言葉に、綺美の目がまた扇子の後ろから現れる。綺美と藤、二人はしばらく顔を、というか目を合わせた後、煎餅の上にのった白い粉を口元へと運んだ。
「あまーい!」
驚きの声がシンクロする。綺美は思わず扇子を落としたが、そのことを気にすることもなく、目の前の何もないところを見つめたまま、口の中に残る味に思いを馳せているようだった。
その綺美の顔に、俺は少しの間見入ってしまう。
言われてみれば、『青年』の顔である。しかし、少し垂れ気味の目は本来かわいらしさを演出するはずなのだが、彫りの深さがそのかわいらしさを消し、代わりに美しさを全面に出していた。広いおでことすっきりとした顎のラインのせいで、確かに面長に見えなくもない。そういえば、綺美は眉を剃っても書いてもいない。
驚きで見開かれた彼の目の中に輝く、その吸い込まれるようなサファイアンブルーの瞳は、いつまで見ていても飽きることがないように思える。
やれやれ、相手は男なのに……
俺は自嘲気味に、心の中で苦笑する。
と、俺の視線に気が付いた綺美が、慌てて扇子を拾って顔を隠した。
「わ、我の顔を見てよいのは、この世に一人のみぞ」
「えっ? 宮様、それはどなたですか?」
藤がそう聞くが、顔は笑っている。
こいつ、Sっ気たっぷりだな。
「そ、それは秘密ぞ。そ、それより、コノエ、これは何ぞ?」
綺美は扇子から目を出して藤をにらむと、俺の方にその目を向けて尋ねた。
「砂糖だよ」
ドヤ顔で答える俺に、二人は唖然とした表情を向けていた。
「コ、コノエ、そなた何者ぞ」
「こ、近衛様って、何者ですか?」
ステレオのように問いかける二人に、俺はさらにドヤ顔で答えた。
「それは、秘密だ」
実際のところ、俺は不審者以外の何者でもない。
藤は俺のことを「近衛の少将」だと思い込んでいるようだが、そのレベルの貴族であったとしても、どちらかというと「貴族の中でも最下級のお前ら少将が」みたいな言い方をされる身分であって、決して高いとはいえない。超が付くほど高価なものを気軽に持ってくる身分ではないだろう。
ましてや綺美は、とりあえず藤に俺のことを少将だと言っていたものの、本当は俺がどこの馬の骨ともわからない者だということを知っている。それだけに、さらに驚きを隠せない様子だ。
考えてみれば、綺美は落ちぶれていても皇族の『姫君』であり、身分的には高いはずだ。この世界が平安時代に似ているのであれば、会って間もないうちに『男女が抱き合う』のは、それほど珍しいことではない。でも、身分云々に関係なく俺を受け入れたというのは、彼の持つ価値観はそんなところにはないということだろう。
……多分、だが。
改めて彼の魂の清らかさに……魂の話はやめておこうか。
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