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誰そ彼と聞きし君⑤
しばらくの間、砂糖の話で盛り上がった。俺は、砂糖を売って米か絹にすればいいと提案したが――貨幣はほとんど流通してなくて、物々交換が主流らしい――藤に、高価すぎて買い手がつかないと言われ困ってしまった。
「小分けにすれば、売れるんじゃないのか?」
「砂糖を持っている人なんて、かなり目立ちますよ」
藤は危惧を口にした。治安は良いらしいが、やはり目立つと盗賊に狙われることがあるそうだ。
「砂糖を欲しがる人はいないのか?」
「上の方々なら、いらっしゃるでしょうけど……」
どうも、上級貴族の中で買い手を探すしかないようだ。
「宮様、知り合いに誰かいない?」
「おらぬ」
いるはずなかろうと言わんばかりに、ふふんと鼻を鳴らして即答する綺美。だが、ふと何かを思い出した様子で言葉をつないだ。
「そういえば、源大納言卿が手紙を寄越してきておったぞ」
「どういう?」
「枯野に咲く花がどうのこうのとかいう歌ぞかし。興味なきゆえ覚えてはおらぬ」
綺美を『枯れ野に咲く花』と表現する当り、その人は、随分と歯に衣着せずに表現してくるようだ。まあ確かに、この屋敷は『枯野』というか、もはや『荒野』に近いんだけど。
「その大納言卿ってどんな人?」
「命婦が言うには、『今を時めく人』にぞあるらし」
命婦っていうのは、さっき来ていた女性のことだろう。そういえば、最初に来た時にも、綺美は『みょうぶ』という言葉を口にしていたような。
「ふむ、出世頭ってことか。藤は何か聞いたことある?」
「えっと、なんでも近衛の中将と幼いころから仲が良くて、よく連れ立って歩いているとか。それくらいですね」
近衛の中将……
「ああ、宮様に会うのをドタキャンした奴か」
「どた……きゃん? そは何ぞ」
聞きなれない言葉に、綺美が聞き返してくる。さすがに通じないか。
「えっとね、急に約束を取り消したとか、約束を無視したとか、そういう意味」
俺が説明した途端、彼の端正な顔から血の気がさっと引いた。
「な、なにゆえそのことや知る!」
怒るというよりは、恥ずかしがっている様子だ。
「実は前に、門のところで会ったんだ。少し話をした」
「どんな話です?」
藤が興味津々に訊いてくる。
「えー、あー、た、大したことは」
「どうせ我が噂にぞ。聞くまでもなし」
むくれた様子で、綺美がぼそっとつぶやいた。
案外、鋭い……
「そ、そういえば、二人連れだった」
「たぶんその方が大納言様かと。二人して様子を見に来られたのかもしれませんね」
ということは、あのイケメンの方が大納言なのか。
「うわぁ、まじか。随分失礼な口をきいちゃったような」
「ふん。我は会わぬぞ」
いや、会うとか以前に、散々綺美のことをけなした後に、普通に素通りしていったよ――などとはとても言えない。
「あれ? いつ手紙を受け取ったんだ?」
「昨日ですよ」
「昨日?」
「ええ。宮様が、近衛様は来てはおらぬかとか、近衛様が来ておらぬかとか、近衛様は来ておらぬかとか、散々お聞きになられていた時に」
「ふ、藤! 何を言うや。我はさようなことは言うてはおらぬ、とのことにせよと、あれほど……」
綺美の声が、尻に行くほどにどんどんと不明瞭になっていく。ごにょごにょといった感じだ。
「あ、申し訳ありません。えっと、誰か来ておらぬかと宮様が散々藤にお聞きになられていた時に、ちょうど手紙が届きまして、まるで藤の手から奪うように宮様が手紙をお取りになったのですが、どうも近衛様からの手紙ではなかったようで、宮様はすぐにポイと……」
「わ、我は別に、コノエを待っておったのではない!」
綺美はとうとうプイと横を向いてしまった。
「ま、まあ、俺、手紙なんて出さないから」
藤は、もはやわざとやっているとしか思えないように何もかもをぶっちゃけていたが、その様子はとても幸せそうで、主の幸せを願っているという想いが伝わってくる。ちょっと歪んだドSな想いではあるが。
俺は、そういう藤を微笑ましく見ていた。
「コノエ、藤を見る目がいやらしいぞ」
知らないうちに、綺美が扇子越しに俺をにらんでいた。
「ちょっ、そんなんじゃないって」
「さて、如何なるや。藤に手を出さば、許さぬぞ」
「いや、待て、藤は男の子だろ」
言ってから、自分が超強大な地雷を踏んだことに気が付いた。綺美の目が……怖い、怖すぎる。
「そ、そんな、ワ、ワタクシなんて。で、でも、近衛様になら、いいかも」
なぜか恥じらいに顔を押さえ、藤がくねくねと身をよじり始めた。そしてちらと、上目遣いに俺を見る。
いや、お前、自分で何言ってるのか分かってるのかよ。
「な、何を言うておるや!」
それをたしなめる綺美の顔は、怒りが消し飛び、本気で焦っている風だ。
いや、だから、俺イケメンでもないし、身分は高いどころか完全な不審者だし、その反応おかしいよ、二人とも……
って、待てよ。も、もしかして、砂糖か。砂糖効果なのか!? 最後は金目か!
世知辛い世の中を感じつつ、俺は思いついた案を言ってみる。
「俺が宮様の使いとして大納言のところに行って、砂糖を買ってくれないかどうか聞いてこようか」
「「それな!」」
満場一致で、その案を実行することに決まった。
いや、お前ら、何で知ってるんだよ、そんな言葉……
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