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セイレーンの歌声④

 君も、なのか。  綺美の指先が俺の顔を包み込み、静かに唇へと引き寄せる。合わせた唇から口の中へ、彼の舌が官能的に蠢きながら入り込み、俺の舌と絡み合う。  綺美は俺の服をもどかしげな様子で脱がせると、俺を引き込むようにして仰向けに倒れ、そのまま俺の体に舌を這わせた。 「我の前では、他の者のことを考えてはならぬ。おなごも、いわんや、おのこも」  その瞬間、俺はある可能性に気が付いて震えた。  おのこ――綺美は自分が男性であってもいいのかと俺に聞いた。それは、俺が『本質的には、女性が好きである』と思っているからだろう。  にもかかわらず、『他の男性のことも考えるな』と言う。  他の男性――思い当たるのは一人しかいない。綺美は、俺の中のルースの存在を感じ取っているのではないか? それを分かって言っているのではないのか?  綺美が見せた『渇望』は――誰かの心の中に自分だけの領域を作りたいという、愛されたことの無かった者の『渇望』なのかもしれない。  それさえあれば他のものはいらない。そんな渇きの苦しみ……その『渇望』が俺をとらえて離さない。  もしかしたら俺は、綺美が持つ『渇望』に惹かれたのかもしれない。  しかし……俺が『渇望』に惹かれるというのなら、俺はルースのことも…… 「我の傍では、我だけを愛せ」  綺美の手が、いつの間にか俺のものに添えられていた。それに綺美が軽く、しかし確かな刺激を与え始める。まるで、俺の頭に巣くおうとしていた『存在』を追い出すように。  俺のものが硬く大きくなっていくのを確認すると、綺美の口元にどこか妖しげな笑みが浮かんだ。  俺のものを、綺美が自分の入り口へと導いていく。 ――何も準備していないのに。  俺のその躊躇は、綺美の秘め穴を満たすヌメっとした感触によって打ち消された。綺美はもうすでに、準備していたのだ――いつ? しかしその思考を続けることを綺美は許してくれなかった。  綺美が俺のものを、自分の中へと導き入れる。それが奥へと進むごとに、軽い引っ掛かりと、それ以上の生々しい感触が粘膜を通して伝わった。  俺の腹部に、同じく硬く大きくなった綺美のものが当たる。その先端からこぼれ出ているであろう綺美の粘液が、俺の肌へと塗りつけられた。  男――俺は男を抱いている。いや、今の状況なら、抱かされていると言えばいいだろうか。しかし、俺のものは綺美の中に入りたがっている。奥へと進むごとに、綺美の口からはハスキーではあるが、可愛らしく、それでいてどこか妖しげな喘ぎが漏れ出た。その声を、俺の魂が聴きたがっているのだ。  俺は何も考えないで済むように、綺美だけを考えるだけで済むように、激しく綺美を求めた。動けば動くほどに、綺美から漏れ出る喘ぎ声が大きくなり、それはやがて俺の名前と愛の言葉で満たされながら、嬌声へと変わった。  もう、どちらが動いているのか分からない。それほどに激しく愛し合う。  そろそろ限界が近づいてきた、その時、綺美の口から昨日は無かった言葉が出てきた。 「中に……中に……たまえ」  男同士で、その言葉に一体何の意味と意義があるのか、正直なところ分からない。しかしその言葉が俺の奥底の何かを刺激し、そして俺は綺美の中に、己の体液をそれが出なくなるまで注ぎ込んだ。  果てた後でも、喘ぎにも似た二人の荒い呼吸が重なり合う。そのまま俺は、綺美へと自分の身を委ねた。  綺美の手が俺を抱きしめ、そしてその口が俺の耳元へと寄せられた。 「我の傍では我だけを、我がおらざれば我も、忘るることなく想いたまえ。ならば、コノエの好きに、するがよい」  そう言うと綺美は一旦顔を離し、ふと口元に笑みを浮かべる。 「ゆめゆめ、我をな忘れそ。永遠に」  そしてまた、俺と唇を合わせた。  歌声が、俺を背徳の深淵へと誘う――

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