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大納言を訪ねて約三里③
少し街中を散策してはみたが、お店があるわけでもない。物の売買は主に定期的に開かれる市で行われるらしい。
川から西は、道が東西南北に走っている。碁盤の目のような街並み。なるほど、これは京の都だ。
ある辻で、北から牛車がゆっくりとやってきた。牛を動かす人を含めて十人近くが周りを取り囲んでいる。誰か貴族でも乗っているのだろうか。通り過ぎるまで待つことにした。信号機はないが、走って横切るほど急いでいるわけでもない。
すると、牛車が辻の真ん中で止まる。
「邪魔だな」
「そ、そうですね」
やや大きな声で呟く俺に、焦りながら藤が相槌を打つ。さっさと行けよと言いかけたところで、牛車の前の部分から男性が一人顔を出し、こちらを見て声をかけてきた。
「誰かと思ったら、あの時の毛皮の君か」
その男性に見覚えがあった。あの夜、近衛の中将と並んで歩いていたイケメンだ。これはもしや、屋敷まで行く手間が省けたか。
「よく覚えておられましたね」
一応これからの交渉相手だ。敬語、敬語。
「その身なり、そうそう見かけないからね」
「その節はご無礼をいたしました。ご忠告はありがたく頂戴しましたが、お気に入りなので性懲りもなく着ています」
「ははは。それが君の意志というなら、それはそれでいいと思うよ」
にこやかに笑う男性。物腰が柔らかく、あまり嫌味さがない。身分だけでなく、男としてもこいつはモテそうだ。俺が勝っているところと言えば、身長くらいだろうか。全く、世の中は何て不公平なのだろう。
「あ、そうだ。もしや、あなたは大納言様ですか」
「ん? ああ、よく知っているね」
「き、おっと、|上総宮《かずさのみや》の姫君様からお手紙をお預かりしています。受け取っていただけますか」
「そうか。では屋敷で話を聞くことにするよ。牛車に乗るといい」
周りにいたお付きの連中が、何事か大納言に声をかけている。得体の知れぬ輩がどうのこうのという声が聞こえてきたので、きっと俺と気安く会話をするのを諫めているのだろう。そりゃ、まあ、そうだよな。
しかし、本人は意に介する様子はないようで、俺と藤を牛車の中へと招き入れた。牛車というものは後ろから乗るものらしい。四人乗りくらいだろうか。見た目も大きかったが、中も結構広かった。
生で見るのは初めてだ。ましてや乗る機会があるとは思いもしなかった。
「君は上総宮の姫君のところの使用人だったのか」
「あ、えーっと、使用人とはちょっと違うというか」
「近衛様は、修験者におわします。大納言様」
大納言と言えば結構な身分だろう。俺はどうとも思わないが、藤にとってはそうではないはずだ。しかし、藤は物怖じすることなく堂々としていた。
これが、『宮様信者』のプライドなのかもしれない。
「な、なんと、修験者なのか。なるほど、その格好も合点がいく」
お前はお前でなぜに納得するのかと問い詰めたかったが、大納言は、藤の言葉を聞くと何か考え込むように下を向いてしまった。
しばらく様子を伺う。それに気づいた大納言は、「すまない、気にしないでくれ」と言って何事もなかったのようにまた前を向いた。
話をここで切り出すべきか。少し迷ったが、こんな幸運は滅多にないだろう。何かあるのかもしれないが、折角だ、この機会をこちらの都合に合わせて有効に使わせてもらおう。
「あの、突然で申し訳ないのですが、大納言様、『砂糖』を欲しくはないですか?」
少しびっくりした表情や興味津々の表情を期待した俺の予想を裏切って、大納言の表情は劇的に変化した。
目を大きく見開いて、俺を見ている。彼の表情は、信じられないもの、そう、例えば天狗を見るかのような表情だった。
彼はいきなり俺の肩を両手でつかむと、大きな声をあげた。
「君、そんなものを持っているのか! 本当に持っているのか!?」
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