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人として、死神として④
首筋の後ろに、ルースの顔が押し付けられているのを感じる。
「ずるいな、コノエは。ほんとに」
俺の肩から前へと廻された腕は、白く細くて、でも傷一つついていないことに俺は安堵した。
「無事だったんだ」
「もちろん」
「ルースって、強いんだ」
そういって振り向こうとした俺を、さらに力を込めてルースが押しとどめた。
「いてて」
「こっちを向かないで、欲しいな」
「なんでだよ」
「コノエの顔を見たくないんだ」
「ひどい言われ方だな。俺、なんか嫌われること、したか?」
「嫌いなら、こんなことはしないよ」
腕の力が少し緩んだ後、首筋に軽く触れる唇の感触を感じた。
「イミフだ」
「じゃあ、訂正するよ。コノエの顔を見た時のボクの顔を見られたくない」
「余計に意味不明だ。俺はルースの顔を見たい」
ルースは黙ってしまった。そして俺を抑える腕の力が更に緩む。
俺はゆっくり振り向こうとしたが、緩んだ力が再び戻り、俺を押さえる。
「後悔、すると思う」
「誰が?」
「コノエが」
「なんで?」
ルースはまた黙ってしまった。これ以上は押し問答にしかなりそうにない。
まったくもって、人外の気持ちは理解できないな。
「魂、取ってきたぞ。一人分だけど。どうすればいいんだ?」
「そうだね、どうしようか」
「なんだよ、その返事は」
「いや、正直なところ、驚いてる。『選別』は頼んでたけど、まさか取ってくるとは思わなかったから」
「俺に集め方を教えたの、ルースじゃないか」
「そ、そうだけど、ね」
随分と歯切れの悪いルースの言葉に、俺は一抹の不安を感じる。
「まずかったのか?」
「あの魂は、『奴』が狙っていた。結果的にはお手柄、だね」
「狙ってた? あいつらも魂を集めているってことかよ。何者なんだ? ルースが助けてくれなきゃ、もしかして俺、死んでた?」
「うん、死んでた」
ゾッとするようなことをさらっと言う。
「そんな話、聞いてなかったぞ。そういや、死んだ女性が何かの病気にかかってた。俺、うつってるかもだ。ルースも俺にくっついてるとうつるんじゃね?」
「彼女はインフルエンザだった。ボクはかからないよ。コノエは……わからないな」
「おいおい」
二人は今、支えの無いままこの空間をゆっくりと回転している。重力がないので視界内の光点が動いているのと、相変わらず重たい液体のような感触が肌を流れることでしかそれを確認できないが。
「死にゆく者って、予め分かるのか?」
「大よそはね。それ以上詳しいことは、その人間の寿命が尽きる時が近づくまで分からないけどね」
……
「俺はいつ死ぬんだ?」
少し間が空いてから、ルースが答える。
「人間に寿命を教えるのは許されていないんだ」
「じゃあ質問を変える。なぜルースは俺をあの世界行かせたんだ?」
寿命が迫っている人間がいるのではないか。その人間が綺美なのではないか。そういう疑念を俺は持っている。それを確かめたかった。
「それを語るのも、許されていないんだよ。ごめん」
人間に話してはいけないことが、寿命以外にあるのか、それとも……
少し考え、この話題は後回しにすることにした。
「で、あいつらは何者だ? ルースのこと知ってたし、俺のこともなんか気づいてる風だったぞ」
「相闍梨は、ボクらと同じ『神』である者だ」
「ま、まじかよ。命を狙われたぞ?」
「ボクが、ナノレベルまで分解しといたから、しばらくは出てこないよ。安心して」
「物騒だな! って、しばらく? 分解しても復活するのか? いつ?」
「ボクには分からないよ。十年後かもしれないし、明日かもしれない、かな。それにしても、コノエは質問が多いね」
「聞きたいことだらけだよ! 命婦って女性は、死んだのに魂が出てこなかったぞ?」
「あれは、死んだんじゃないんだ。魂が消滅した」
「消滅? なぜ?」
「相闍梨に魂を『喰われた』からだね」
事も無げにルースがそう口にする。背筋にヒヤリとした感覚が走った。
そんなことも、あるのかよ。
「怖くなった?」
「そりゃ、な」
「やめるかい?」
「いまんとこ、その気はない」
「そんな怖い思いをして、それでもコノエはなぜ、ボクの魂集めを手伝ってくれるんだい?」
今度はルースが俺に質問してきた。
「だから! ルースが手伝えって言ったんじゃないか」
「強制はしてないよ」
確かに、流されるように手伝い始めたが、強制はされていない。
……綺美と一緒にいたいがため。確かにそれはある。でも、それだけじゃ……
「あの『男』のため、かい?」
俺の体が、微かに跳ねた。
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