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人として、死神として⑤

 ルースが言う『あの男』とは、どう考えても綺美のことに違いない。ルースは以前、心までは読めないと言っていたのに、考えてることが筒抜けになっている感じがした。  というか、ルースは綺美のこと、知っているのか? 「隠さなくてもいい。それくらい、わかるよ」  なぜ分かるのか……という疑問よりも、なぜか言い訳めいたことしか頭の中に浮かんでこない。  別に俺はルースと付き合っているわけじゃない。というか、男と付き合う気はないのだが、そもそも、付き合うとは何なのかもよくわからなくなっていた。  それなのに、なのに、なぜこうも罪悪感を感じるのだろう。 「あの男、ボクに見せつけるように、随分激しくコノエを求めていたね」  どういう意味か、一瞬分からなかった。  ルースがあそこにいた? 綺美がルースに気付いていた? こいつは何を言ってるんだ。 「見てた、のか」  思わず振り返ったが、その俺をルースは制止しなかった。目の前には……変わり果てた表情のルースがいる。 「ルース……」  何もかも分かってはいるがそんなこと気にしていない風の飄々とした済まし顔も、時々見せる悪戯っぽい笑顔も、寝ているときの安心しきった寝顔も、何回かだけ見せた恥ずかしさや不安に満ちた表情も、どこにも無い。  ルースの顔にあるのは、たった一つの感情だけだった。  渇望  少し隈の出来た目は、目一杯に開かれている。その紅い瞳の中の深淵から、『渇望』が手を伸ばし、俺を絡め取ろうとしているようだ。 「見てたよ。あの男が、コノエの心の中に一生懸命『根』を張ろうとしているのを。ああ、見てたさ。男には興味がないといいながら、君があの男を抱くさまを、ああ、見ていたさ!」  紅い瞳の中で、『渇望』が伸ばす手がどんどん数を増し、俺を求めて揺れ動いている。 「ルース……俺に、何をして欲しいんだ?」  思わず口に出たその問いかけを聞いて、『渇望』達が喜びに震え出す。  ルースは歪んだ微笑みをその口元に浮かべ、微かに口を動かした。 「……んでくれ」 「え?」 「……飲んでくれ、ボクを。飲んでくれ!」 「ちょ、ちょっと待て、ルース、何を飲むんだよ」 「ボクを、ボクのすべてを!」  そういうと、ルースは右手の人差し指で左の手首をなぞった。そのなぞった跡に線が引かれ、そこから紅い液体が滲み出してくると、ルースの手首を離れ、宙で球体を作る。  紅い液体は止まることなく流れ出し、宙に浮かぶ球体を後から後から生み出した。 「な、なにすんだよ、ルース」  慌てて彼の手首を押さえようとして、反対に手首をつかまれた。 「さあ、飲んでくれ!」 「待て、待てって! 落ち着けよ、ルース。おかしいぞ!」  言ってから、しまったと後悔した。  ルースの表情が、まるで自分が世界の破滅の時に残された最後の一人であるかのような、『絶望』へと変化したからだ。 「おかしいかい? コノエもボクが変だと思うのかい? 他の奴らと同じように、ボクが壊れてると思うのかい?」  血が流れるのも気にせず、ルースは宙に浮かんだいくつもの紅い球体を両の掌で包むようにし、眉をひそめてそれらを見つめる。 「いや、そうじゃなくて」 「そうじゃなくて、どうなんだよ!」  ルースは、悲痛な表情で俺をにらんだ。音としての叫び声と共に、心の叫びも響き渡る。 「でも、あの男なら、コノエは全て受け入れるんだろう? あの男のものなら、コノエは全て飲むんだろう!」 「ちょっと、待て。なんでそうなるんだ。それ、おかしいだろ」 「ははははは! ほら、やっぱりそうだ。コノエだって、ボクのことをおかしいと思ってるんじゃないか!」 「だからそういう意味じゃ……」  全ての言葉を言い切ることはできなかった。  ルースは、異常なまでに眼を見開くと、絶望で歪んだ笑い顔を見せながら、俺を突き飛ばす。その勢いで後ろに飛ばされたが、さっきまで無かったはずの『扉』にぶち当たり、そのまま突き破るように開いた扉の向こう側へと転がり落ちてしまった。 「ルース!」  俺の叫びもむなしく、扉が勢いよくしまる。急いで立ち上がり、閉じた扉をもう一度開けたが、そこにあったのは、見慣れた俺の家の風呂場だった。

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