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人として、死神として⑧
「ルース!」
あの時と同じ後ろ姿。
助かった。そう感じた後に、一つだけ違うものに気が付いた。
ルースの手の甲には、鉤爪が付いている。
「ルシニア? なぜアナタがここにいるのよ!」
アンフィスと呼ばれた男は、イライラした表情を隠そうともせず、ルースを呪い殺さんとばかりに睨みつけた。キザ男のイケボで放たれるオネエ言葉はなかなかの破壊力だが、ルースが動じる様子はない。
「すまないね、アンフィス。彼を傷付けないでくれるかな」
オクターブの高いルースの声は、しかし少しばかりの震えが混じっていた。
「なぜアナタがそいつを庇うのよ。アナタの依代じゃないでしょ。それに、アタシのテリトリーに入っていいなんて許可した覚えはないわ。出て行って頂戴」
「ボクは、彼に呼ばれたからここにいるんだよ。それに彼はそもそも『依代』じゃない」
「はあ? どういうことかしら。依代でもない人間が、なぜ魂を連れて……」
俺を指さしながら、ルースを問い詰めようとしていた男の言葉が、途中で途切れた。
男の視線がルースから俺へと移される。
「ルシニア、まさか、まだこんなことをやってるの?」
依代って何ですか? こんなことってなんですか?
ルースの登場で少し心に余裕が出たからなのか、そう訊きたい気持ちにはなったが、残念ながら、口を挟める雰囲気ではなさそうだ。
ルースは、男の問いかけには答えず、黙っている。
「ちょっと、人間!」
ルースの登場以降、その辺の置物同然の扱いだった俺の方に、チャイナだかアオザイだかを着た男が視線を向けてきた。
「な、なんだよ」
「アナタ、この男に何か飲まされた?」
「へ? えーっと、お茶を……」
「やっぱり」
ダークグレーの肌をした男の視線が再びルースへと注がれる。
「アナタ、自分が何してるか分かってるの?」
「……もちろん、分かってる」
「分かってるなら、なぜこんな、人間を騙すようなことを続けてるのよ」
「ち、違う、騙してるんじゃない」
「違わないわよ。どうせ何も知らせずに、コイツに無理矢理飲ませたんでしょ!」
「い、いや、ち、ちが……」
「アタシタチのゲームに、無関係な人間を巻き込むのはルール違反だと、あれほど言われているはずなのに、いつまでそんなことをやってるつもりなの、ルシニア、答えて」
「ボ、ボクは……」
ルースの声のトーンがさっきとは少し違うものになる。声にはさらなる震えが混じり、ルースが何か恐怖のような感情を抱いていることを物語っていた。
俺からはルースの表情は見えない。しかし、その恐怖はダークグレーの男の言葉に向けられているのが分かった。
その恐怖を起こさせているのは、男の言葉に少しずつ加えられていく、ある感情だ。
「ルシニア……アナタ、壊れてるのよ。体だけじゃなく、心まで。治さないと」
その言葉には、攻撃的なものとは全く正反対の、哀れみの感情が含まれていた。それこそがルースの恐怖の対象だったのだろう。その言葉を聞いた途端、ルースは前かがみになって、自分の両手で顔を覆ってしまった。彼の手から鉤爪が、融けるように消える。
「ちがう……ちがう……そんなんじゃ……」
そのルースに、男がとどめの言葉を叩きつけた。
「どう違うのよ。自覚がないなら、アナタがやってきたことを、この人間に今ここで全部教えてもいいのよ?」
その瞬間、ルースの心が悲鳴を上げたように感じた。
「ルース!」
俺はそう声をかけたが、ルースはこの場から溶けるように姿を消してしまった。
「お前、何したんだよ」
「あら、私はただ本当のことを言っただけよ」
「ルースが傷付いてたじゃないか」
「自分のやっていることをばらされて傷付くの? どれだけやましいのかしら」
「そうじゃない。ルースが壊れてるだなんて、機械みたいに」
「偉そうな口を利くわね、人間。アナタに何が分かるのよ? あの子が今どういう状況なのか、あなた分かって言ってるの?」
そう言われると、ルースについて俺はほとんど何も知らないことに気付き、返す言葉を失ってしまった。
それと同時に、目の前のチャイナ服男が、決してルースの敵ではないことにも気が付く。
「でも、俺はルースに頼まれて、魂集めを手伝っているんだ。まるでルースが魂を集めていないような口ぶりだったけど」
「だから何も分かってないって言ってるのよ」
目の前のキザな男は呆れたと言わんばかりの口調で、きわめてキザな動作で肩をすくめた。
「彼、魂を集めてなんかいないわ」
……なんだって? 意味が分からない。
「じゃあ、俺が手伝ってるのは、何なんだよ」
「まったく、なんでアナタがルシニアに付き合ってるのかも分からないけど、少し話をしておかなきゃいけないようね」
ルースがいなくなると、男はさっきの様子とは打って変わって、冷静な物言いをするようになった。いや、ルースを問い詰めている時でも、心の中では冷静だったのだろう。
「な、何の話だ」
俺がそう訊くと、キザ男は少しだけ考えた後、一言つぶやいた。
「とりあえず服着なさい、人間」
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