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一人ぼっちのナイチンゲール①

 昔、人間の男に恋をした馬鹿な神様がいました。  神様はその男といつも一緒にいたいと思い、自分の『血』をその男に与えました。  神様の血を飲んだ男は、『世界を渡る力』を手に入れることができました。  いろいろな世界を飛び回っていた神様は、これでこの男といつも一緒にいられるようになった、と喜んだのです。  ところが、その男はある世界で、一人の女を好きになりました。  男は、女のもとに足繁く通うようになり、神様のことをほったらかしにしてしまいます。  けれども、神様はその男が喜ぶ顔が見たくて、男がその力を持ち続けることができるように、自分の血を与え続けました。  男が困っているときには助けてやり、欲しいものがあれば用意してやりました。 ※ ※ 「あのー、ちょっと、いいかな?」 「なによ」 「それ、俺の話じゃ……ないよな?」 「違うわよ」 「そ、それなら、いいんだ。ははは、先をど、どうぞ」 「男は女に一生懸命尽くしたのですが、なかなか自分になびいてくれません。  そこで男は神様に頼んで、女を無理矢理、自分の世界に連れて来てしまいました。  女は来る日も来る日も、元の世界に帰りたいと言って泣いて過ごしました。  女は男との間に子供をもうけましたが、その後も女は泣き続けました。とうとう男は怒って、女を捨ててしまいました。  可哀想に思った神様は、女を元の世界に戻してあげました」  ダークグレーの肌を持つアオザイ姿のオネェなキザ男、アンフィスの話を俺はソファで聞いている。  俺への殺意はなくなったようだったが、それでも俺は内心少しびくびくしていた。殺されかけた理由と、それが無くなった理由、どちらも不明だったからだ。  今何かあれば、さすがにもう一度ルースが来てくれるかどうか――怪しい、いや来なさそう。  ちなみに、なぜか丹波の姫君も横に座って聞いている。相変わらず向こう側は透けたままだが。 「その後、神様は男に、自分と一緒になるよう誘ったの。そうしたら男はなんて答えたと思う?」  別に答えは期待していないだろうということで、俺は目線でアンフィスに先を続けるよう促した。 「気持ち悪い。お前、頭おかしいんじゃないか、ってね」  アンフィスは、その男の真似をするような低い声で、俺に向かってそのセリフを吐いた。 「いや、まあ、そうだな。いろいろ」  突っ込みどころがありすぎてどこから突っ込んでいいか分からないが、とりあえず男同士だしな…… 「哀れ、その言葉を聞いた神様の心は、粉々に壊れてしまいましたとさ」 「あ、え? それだけで?」 「端から見れば、笑い話にもならないわね。けど、自分の立場を犠牲にしてまで散々その男に尽くしたその神様にとっては、そうじゃなかったみたいだわ」  アンフィスは、その話に対しては別に笑っても馬鹿にしてもいない様子だった。ただ哀れみの表情のみを浮かべている。 「それ、ルースの話だよな?」 「さあ? ただのお伽噺だと言っておくわ」  もちろん、ルースの話に違いない。それでも明言を避けるのは、彼のルースに対する配慮なのかもしれない。 「それからというもの、その神様は、出会う人間に片っ端から黙って自分の『血』を飲ませ、その事実を伝えたときの人間の反応を一人一人確かめるようになりましたとさ」 「そ、それもすごいな」  なるほど『こんなこと』の内容は、これか。俺自身、思い当たる節があり過ぎるが、ルースの行動の一端が見えた気がした。  と、ふとした疑問が頭に浮かぶ。その『神様』が飲ませてたものは、本当に『血』なのか――アンフィスに尋ねようとして、やめた。そう、そこは立ち入るべきではない領域なのだ。  「ま、まあ、確かに普通じゃないだろうが、それの何が悪いんだ?」 「アタシたちが人間に血を与える、というのは珍しくはないわよ。ただし、それは人間がカミアンの依代となるべく『盟約』を結ぶ時ね」」 「えっと、いろいろと未知のワードが出てきてるんだけど」 「いちいちアナタに説明しているほどアタシは暇じゃないの。自分で何とかしなさい」 「は、はい」  ネットに載ってるのかな、そんな話…… 「盟約もなしに血を飲ませて回るのよ? そんなの、もう、神様じゃないわよ。悪魔の所業だわね。そんなだから、誰もその神様の相手をしなくなってしまったの。いえ、それどころか、一緒にいれば自分までおかしくなってしまうと皆思ってるから、一切近づかないわ。結果、あの子はリバ・ゲームに参加できなく……っと、おしゃべりが過ぎたようね」  ルースの話じゃないと言いながら、アンフィスはその『神様』のことを『あの子』と呼んだ。それも突っ込みどころではあるのだが…… 「リバ・ゲーム?」  聞き返した俺を、アンフィスがえぐるような視線で睨みつける。テーブルを両手で激しくたたき、そして勢い良く立ち上がった。俺はびくっと体を震わしたが、隣に座っていた丹波の姫君は、何事もないように中空をぼーっと見ている。 「世の中のあらゆることは、二種類に分けることができるの。知らなくていいことと、知ってはいけないことよ。覚えておきなさい」  そしてアンフィスがゆっくりと俺に近づき、そして人差し指で俺のあごを持ち上げた。 「死にたくなければ、ね」  「あ、はい」  いや、お前が口にしたんだろう――とは突っ込まなかった。はいと言う以外に答えようがあっただろうか、いやない。そう、首の突っ込みどころを間違えるべきではないのだ。  もう体半分めり込んでいるような気はするが、それは気にしないでおくとしよう。

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