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一人ぼっちのナイチンゲール②

 なるほど、しかしなんとなく分かってきた。ルースやアンフィスは『カミアン』と自称する人外で、『なんたら・ゲーム』をしていて、人間と盟約をかわし『依代』にして、手伝いをさせるってことだろう――うん、実は何にも分かってないようだ。 「アナタ、壊れたあの子に付き合わされてるだけなのよ。あの子、魂なんて集めちゃいないわ」 「別に、本人たちがいいなら、いいんじゃないか?」 「遊びで魂を集めてるんじゃないのよ!」  アンフィスが再び派手な音を立てて机をたたいた。 「じゃあ何のために集めてるんだよ」  確かルースは、『そうしないと記憶が消える』とかなんとか言っていたような。もちろんそう言う答えが返ってくるものとばかり思っていたのだが、しかしアンフィスはしっぶーい顔を見せた。 「アナタは知らなくていいことよ」 「なんだよそれ。ルースは『記憶を保管するため』とか言ってたぞ」 「あー、あーあー、そうね。ま、そんな感じかしら」  それ以外にどんな『感じ』があるというのだろう…… 「というか、俺は何でその依代と間違われたんだ? 依代だったら殺されるのか?」 「アナタ、『神性』を持っていたからよ。しかもかなり強い、ね。だから、アナタが依代だって思うでしょ、普通」  神性……どこかで聞いたことがあるような、ないような。というか、お前の『普通』は普通じゃない。 「それに、アナタ、暢気に魂を連れまわしていたし。そんなことするのは、よほど強力なカミアンがナメプしてるか、依代がバカかのどっちかだわ」  多分今俺は、「バカ」の方に位置付けられているのだろう…… 「それにしてもアナタ、ルシニアの血を随分たくさん飲んだのね」 「ま、まあ」  血だけじゃなさそうだけど、それを言うとまた色々こじれそうだからやめておこう。 「物好きだわね」  なんだろ、他人の性癖を知ってしまってちょっと軽蔑――という風に、アンフィスは俺をジト目で見た。 「ほっといてくれ。それより、神格とか神性とか、何?」  それを聞いたアンフィスは、いい加減にしてと言わんばかりに、ため息をつく。 「細かく説明してるほど暇じゃないって言ったでしょ。なんでアタシがアナタの面倒見なきゃいけないのよ。サービスはこれで終わ……」  そこまで言ってから、アンフィスはなぜか俺の顔をまじまじと見始め、そしていきなり俺の顔を右手でぐぁしっとつかんだ。色はダークグレーだが、意外に細く、しかししっかりとしたすべすべの指と手のひら。  それに力が入り、俺の顔を右に向かせる、左に向かせる、そして上に向かせ……なぜか俺の下半身を見た。 「ちょ、何見てんだよ」 「ふ~ん、アナタ、よく見るとかわいい顔してるわね」  いや、お前が見てるのは顔じゃないだろ。 「人生でそんなこと言われたのは初めてだぞ」 「じゃあ、二度と聞くことができなくしてあげましょうか」 「いや、結構です。遠慮しときます」  顔を上に向けられたままである。そのまま口をパクパクさせる様は、まるで酸素の足りない金魚のようだ。自分でもまったくもって情けない。  でも、こうして間近で見ると、アンフィスの金色の瞳は随分と透き通って綺麗な輝きを放っている。髪も肌もダークグレー。それで瞳が金色とか、ルースもそうだが、こいつらのDNAはどうなってるんだろう。 「へぇ、アンフィスの瞳、綺麗だな」  思わず口を滑らせてしまった。そんな俺を、アンフィスは元々あまり良いとは言えない目つきをもっと険しくして睨みつける。 「ご、ごめん、悪かった。こ、殺さないで、ね?」 「なら、気安く名前を呼ばないでちょうだい、人間。フィス、でいいわ。特別にそう呼ばせてあげる」 「あ、ああ、そっち? いや、ありがとう」  いや、そっちのほうが気安いだろうとか、押しつけがましいくせになぜそんなにも恩着せがましいんだとか、そんな抗弁はできるわけもなく、圧力にあっけなく屈して思わず感謝の言葉が出てしまった。  全然、ありがたくありませんから。  アンフィス、改めフィスは、細い眉をすこしハの字に寄せて、やれやれ感を顔いっぱいに出した。 「で、アナタはなんて呼べばいいの?」 「は?」 「人間って呼んでほしいの?」  邪険な物言いだが、ちゃんと俺を一個体として認識してあげるからさっさと名前を言いなさいってことなんだろう、と理解する。 「お、おう。コノエでいいよ」  こうやって話をしてみると、フィスは最初の印象とは全く違っていた。  口では嫌味やお小言を言いながらも、なんだかんだ言って世話を焼いてくれるオネエさん――じゃなくてお兄さん、という感じだ。  口に出すと、あの世に丁重に送られそうなので、言わないでおこう。 「それで、なんだったかしら、あー、そうそう、神格とか神性とかそういう話ね」 「そうそう。ルースもフィスも『神様』なんだよな?」 「アナタが『神様』という存在にどういうイメージを持っているのか知らないけど、人間の言うところの多神教の神々を想像しているのなら、ちょっと違うかしら」 「違うのか……いや、ずっと思ってたんだけど、その『カミアン』ってのは人間にそっくりなんだな」  それを聞いたフィスは、少しだけ目を丸くした後、大笑いを始めた。  ルースも綺美も、そしてこのフィスも、俺には彼らの笑いのツボが全然わからない……男のことも理解できないんじゃ、女に振られたのも当然だよなぁ。 「まあそうだわね。人間の認識なんてそんなものよね」 「なにがおかしいんだよ」 「だって、人間の傲慢さがよくわかる質問だもの」 「どういう意味だよ。俺は別にそんなつもりはないぞ」  馬鹿にされたような気がして、俺はフィスに食って掛かったが、フィスは聞き分けの無い弟をなだめる様な口調で返す。 「逆なのよ。人間がね、アタシたちそっくりに作られたの」  しばらくの沈黙。  あー、そういうことか。あれだ、もうこれ以上は、人が触れてはいけないやつだ。アンタッチャブル。ダーウィンが聞いたら、自らの過ちに錯乱しそうな内容。俺はそんな深淵を見たくはない。 「おっけーおっけー。分かった。ところでさ、ルースに会いたいんだが、『扉』が無くなってしまったんだ。何か方法はないかな」  そう俺が尋ねた瞬間、フィスが妖しげに笑い、そしておれの顎を持ったまま、顔を近づけてきた。 「教えてあげてもいいけど、アタシもそうそうボランティアばかりしてられないの」 「金は持ってないぞ」 「バカね、アナタ。そんなもの要らないわよ」  そんなものって……金を笑うやつは金に泣くぞ。 「じゃあ、何が欲しいんだよ」  言って後悔した。いや、正確に言うと、俺の言葉を聞いたフィスが舌なめずりをせんばかりににんまりと笑ったのを見て、後悔した。 「あ、やっぱりやめ」  ときます――とは言わせてもらえないようだ。頬をつかまれ、口を固定される。 「そうねぇ。じゃあアナタ、アタシの依代になりなさい。アナタ、ルシニアの依代じゃないんでしょう? ルシニアはアナタを捨てて逃げたんだし、そうそう、そうしましょう」  勝手に決めるな――とも言わせてもらえなかった。動かそうとした俺の口は、フィスの唇によって強引にふさがれてしまった。

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