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一人ぼっちのナイチンゲール③

 口の中を、粘膜に覆われたものが艶めかしく動き回る。その感触にどこかしら快感を覚える自分に気が付き、俺は無理やりフィスから顔を引き剥した。 「な、何すんだよ!」 「何って、そりゃ、ナニでしょ」  ウェーブのかかったダークグレーの髪をかき上げ、フィスが口元を妖しく歪める。切れ長の目は、『目つきの悪い』とも見えるが、少し垂れがちな分、いやらしさも感じるだろうか。自信たっぷりな表情がナルシズムをぷんぷんと漂わせていた。 「男とナニする趣味は無いぞ」 「あら、ルースのナニはナニしてるのに?」 「何もしてない!」  そう、ルースとは。でも綺美とは、ナニしちゃったな―― 「まあ、でも、これからアタシとナニできるんだから、光栄に思いなさい」  そう言うとフィスは俺の両腕を持ち、ソファに押さえつけた。袖口から伸びる腕はそこまで太くはないがかなりの筋肉質で、華奢さすら感じるルースの体とは対照的だ。ということは盛り上がった胸も、筋肉なのだろうか。  抵抗しようとしたが、俺を押さえつける力は強く、ただ首を振るだけしかできない。 「お、おい、何するんだよ」 「暴れてもケガするだけで結果は変わらないわ。やめときなさい。それとも死にたい?」  背筋に冷たいものが走った。多分、フィスがその気になればそうすることは容易いだろう。逆に今、フィスには俺を殺す気はないということだ。いや、それはそうなのだが―― 「無関係な人間は巻き込まないんじゃなかったのかよ。俺はただの人間だぞ」  そう言い返すと、フィスは突然真顔になった。 「そう、無関係ならね。でもコノエはもう違う。ルシニアの『血』を飲み、そして魂を集めることまでしてしまってる。アナタ、その魂、どうするつもり?」  フィスが俺を押さえつけたまま、顎で指し示す。俺には見えないが、多分その先には丹波の姫君がぼーっと宙を見つめているのだろう。 「どうするつもりって、ルースが何かするんじゃないのか」 「その何かができなかったら?」  そう口にしたフィス。その言葉に動きを止める俺。  その可能性は考えて無かった。 「どうなるんだ」  しかし考えても分からないことが世の中にはたくさんある。ということで、分からないことは聞け。  ということだったのだが、俺の問いかけにフィスは、やれやれという表情を作った。俺を押さえたままなのだが。 「しばらくすると『魂の融合』が始まるわ。だんだんと記憶も混ざり合っていって、そのうち自分が『どちら』なのか分からなくなる。そうなると待っているのはアイデンティティの崩壊ね。精神錯乱。そして、精神の死」 「待て待て待て待て。そんな話聞いてないぞ」 「コノエが聞かなかったんでしょ」 「それはそうだけど――マジなのか」 「マジよ」 「死にたくはない。どうすればいい」 「アタシがその魂引き受けてあげるから、大人しくしとくのね」  そう言うとフィスは、俺を押さえつけていた手を離し、その代わりに着ていたトレーナーの中へとその手を差し入れた。  その手が滑るように俺のお腹から胸へと上がる。それと同時に、トレーナーがまくり上げられた。 「ちょ、何するんだって」 「だからナニするのよ。さっきから言ってるじゃない」 「俺の体から、姫君の魂を抜き取る。おーけー?」 「ええ、そうよ」 「それとナニと、どういう関係があるんだ。というか、ナニって何するつもりだよ」 「いちいち面倒な人間ね。そういうの、嫌われるわよ」  そう言うとフィスは問答無用で俺のトレーナーの上着を引っぺがす。とういうかびりびりに切り裂かれ、それらは花弁のように舞い散った。 「俺のトレーナー!」 「コノエが抵抗するからでしょ」 「いや、そんな抵抗してたか?」 「うるさいわね」  フィスの手が、今度はトレーナーのズボンにかかった。部屋着用の柔らかなもの。でもフィスならばまたびりびりに引き裂いてしまうだろう。一体どうやって破いたんだよ 「まて、まて、破くな」 「あらそう。じゃあ、脱いで」 「いやだ」 「あ、そう」  待て、と止める間もなくフィスの手が宙に舞う。哀れ、ズボンも布切れに変わり、俺はブリーフ一枚の姿にさせられた。その最後の一枚に、フィスの手が伸びる。 「全部脱がすつもりかよ」 「脱がさないとできないでしょ」 「何をだよ!」 「あのね」  突然フィスが、俺の両肩を押さえつけた。そして顔を近づける。 「魂って『はい、これ』とかいいながら気軽に手渡しできるものじゃないの。受け渡しには『結合』が必要なのよ」 「け、けつごう?」 「そう、体と体の結合」 「――さっき、お前、俺にキスしただろ」 「逃げたじゃない」 「いきなりするからだろうが。そ、そういうことなら、キスくらい、が、我慢してやっても」 「ええ、我慢しなさいね。アタシがコノエを犯してる間ね」  フィスはにんまりと笑みを浮かべると、俺のブリーフに手を掛け、そのままバラバラに引き裂いた。 「い、いやじゃあああ!」

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