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一人ぼっちのナイチンゲール④
いったい何が悲しくて、俺はこんな格好をしているのだろう。
舌なめずりをせんばかりに俺を見下ろすムキムキな長髪の人物――いや、こいつは人間ではない。『いけ好かないキザなイケメン野郎』だが、断じて人間ではない。
その男の視界から隠すように、俺は下半身に両手をあてがい、足を閉じている。もう、まな板の上のコイも真っ青だ。
「さあ、お楽しみの時間よ」
「や、やめて?」
「精神崩壊へ一直線になりたいの? いやでしょ、観念しなさい。さあ、一緒に楽しみましょ」
「やめてくれぇぇ」
願いも抵抗もむなしく、俺の両足はワイドなオープンに広げられてしまった。
「まあ♡」
まあ♡じゃねぇよ!
「はい、じゃあ、いくわよ」
「いやじゃあああ」
フィスが俺の首を左手で押さえつける。それを両手でつかんだが、びくともしない。
「がったーい」
語尾に『♪』が付きそうな口調でフィスがそう言うと、俺のお尻の穴に何か硬いものが押し付けられた。
「お、おい、まて、そのままやるつもりか」
「痛いのは始めだけよ。安心しなさい」
「せ、せめて、なんか塗ってくれ!」
「なんかって、何?」
「え、えっと、そうだな……キャノーラ油とか」
そこで、まるで時が止まったようにアンフィスの動きが止まる。俺も止まる。いや、俺はもともとほとんど動いてはいなかったが……
「えいっ!」
アンフィスの声。そして激痛。
「いてぇ!」
ああ、こんなことなら、もっとあんなことやこんなことしとくんだった……
走馬灯のように、俺の頭の中を様々なものが……様々なものが……
そこで気が付いた。今の俺には、何かをやりたい、何かをやり残した、そんなものが無いことに。
なんてつまらない人生だったんだろ……もしかしたら俺は、それをルースに求めたのかもしれない。なんでもいい、自分が必要とされるのなら、それをやっているほうが人生に意味があるのではないか。無意味な人生に意味を加えれば、これまでとは違う自分になれるような気がして、あんな得体のしれない妖しい少年についていって、でもだから、俺は綺美に出会えたわけで、それが……
「って、おい。ど、どうした?」
俺の『中』に『ナニ』の先端を突っ込んだところで、フィスが固まっていた。
何か信じられないものを見ているような表情、それがふとなくなり、今度は何かを考えているような表情へと変わる。
そしてブツブツと何かを呟き始めた。
――どういうこと、これ
――アタシとしたことが、見落としてたっていうの
――これは、ワナ、か
――その手には乗らないわ
「あ、あの、フィスさん?」
「なによ」
「いや、なにって、何してるのか俺が知りたい」
「そう、そうね」
ふっと息を吐いた後、フィスは俺から体を離した。その股間に『映える』モノ。硬くて、大きい……おい、それを入れるつもりだったんかい!
「や、やらないのか?」
「やってほしいの?」
「すみません、遠慮しときます」
フィスがふんっと鼻を鳴らす。
「アナタ、したわね」
目じりにかけて少し垂れ気味のフィスの目。切れ長であるがゆえにどこか色気を感じる。それがジト目で俺を睨んでいるのだ。
「な、なにを」
そんなこと、身に覚えは……ありすぎる。
「合体」
ぶーっっと吹き出したくなるのをこらえた。
「い、意味が、わ、分からないなぁ」
「この『世界』とは違う世界のニンゲンと」
うげっ……ナンデバレテル
「そ、そんなこともあたかもしれないしなかたかもしれない」
そんな意味不明なことをワタワタと口にする俺をよそ目に、フィスはずり下ろしていたアオザイのアンダーたくし上げ、身なりを整えた。
「今日はやめておくわ」
「今日といわずにずっとやめてくれるとうれしい」
「さあ、それはどうかしら」
「すみません、お願いします。というか、なんでやめたんだ?」
あられもない姿のまま、そう尋ねる。フィスは俺を見下ろし、そしてちらっと股間に目をやった後、にやりと笑った。
「世の中には知らなくていいことと、知ってはいけないことがあるの」
「これは、どっちだ」
「さあ? でも、一つだけ教えといてあげる」
フィスは不敵な笑みを浮かべたまま、ソファに横たわったままの俺の顔を手でつかんだ。
「ゲームはもうすでに始まってる」
「ゲーム?」
「ええ。ゲーム。『娯楽』であり『競争』であり、そして」
フィスはそのまま軽く俺にキスをする。
「『獲物』、ね」
ふふふふ……というフィスの笑いに、俺の背筋に冷たいものが走った。
「知りたければ、ルシニアに聞きなさい。本当のことを教えてくれるかは、しらないけど」
「ルース、どこにいるんだ」
「自分の『城』でしょ。『墓場』の間違いだと思うけど」
「どうやって行けばいい」
「アタシが道を作ってあげるわよ」
「あ、ありがと。というか、一つっていいながら、もう二つ三つ教えてくれてるように思うんだけど」
そのツッコミに、フィスがいきなり不機嫌になった。
「世の中には二つのことがあるの」
「な、なんすか」
「言わなくていいことと、言ってはいけないことよ」
「あ、はい、気を付けます」
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