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一人ぼっちのナイチンゲール⑦
「キミはどうしたいんだ? キミはボクにどうして欲しいんだ?」
必然的にきかれる質問。
俺が最も恐れていた質問。
ルースの問いかけに、俺の本性が顔を出そうとする。
自分でも驚くほどの本性。
『ルースも綺美も好きだ。どちらとも愛し合いたい』
いや、いや、いや。
こんなの気の迷いだ。そうに違いない。
女性に振られ、公務員試験にも落ち、大学生活で何も残すことができなかった哀れな男が、少しばかりの好意を見せられ舞い上がってしまい、『男』に走ろうとしている、そんな気の迷いに違いない。
落ち着け、落ち着くんだ俺。俺にそんな趣味はなかったはずだ。
目の前の人物を見ろ。ほら、おと……
真っ白い髪が首元で切りそろえられた、前下がりのボブカット。その髪よりも透き通るような純白の肌。薄紅を差した唇は少し渇き気味で白さを帯びている。そして深紅の瞳が、少し潤んだように俺を見続けている……
自分の呼吸が荒くなり、鼓動が速くなるのを感じる。
『ルースも綺美も好きだ。どちらとも愛し合いたい』
口からあふれ出そうとする言葉を必死にこらえた。
やめろ、やめろ、俺。
言えば嫌われる。軽蔑される。すべてが壊れる。
結局、『打算』も『偽善』も、俺の『欲望』を否定したいが為の詭弁にすぎなかった。俺は、『欲望』にまみれた、人間のクズでしかないのだ。
認めたくなかった事実を突きつけられる。当然、その答えは、俺の口からは出ていかない。黙るしかない。
そんな俺に、ルースは追い打ちをかけた。
「どうしてそんな渇いた眼で、ボクを見るんだい?」
俺が……渇いている?
「やめて……やめてくれ」
「ボクを、欲しいんじゃないのか?」
「やめろ!」
ルースは全て分かっているのだ……俺の、真っ黒な『渇望』を。
世の中の男性は皆、そんな願望を、つまり複数の女性と愛し合いたいという欲望を持っているに違いない。しかし、人間はそれを「倫理」という名の価値観で抑え込んでいる。だから、動物とは違うのだ。
でもそれは、『子孫を残す』という大義名分によって自己弁護の余地がある。
でも俺は……俺は……ただ性欲のままにそう思ってるだけじゃないのか?
ルースの問かけに本心で答えるのが、怖い。
本心をさらせば……『人』でなくなる。
「キミは、『人間』の価値観を、自分の価値観の隠れ蓑にしている。自分をさらけ出すのが嫌で、隠れている。だから、『人間』の価値観をボクに押し付けようとしてるんだ」
ルースの紅い瞳は、今も湿り気を帯びながら俺を見つめている。そう、彼は……
「ボクは人間じゃない。そんな価値観は持っていない。だから、ボクは構わない。コノエがあの男を抱きたいのなら抱けばいい。ボクのして欲しいことをしてくれるなら、ボクはそれでいい。ボクに、『人間』の価値観を押し付けるのはやめてくれ」
ルース『が』欲しいんじゃない。
ルース『も』欲しいんだ。
ルースはもうそれを分かっている。俺の心を知っているのだ。
でも、それをルースに告げるのは、人道にもとる。
ルースへ想いを告げるのは、綺美への裏切りなのだ。
罪悪感が俺を苛んでいく。
ルース、もう、許してくれ。なぜ、俺がこんなに責められなければならないんだ。
ルースを助けに来たはずなのに、なぜ俺がこんな『人間かそうでないか』の選択を迫られているんだ?
「ずるいよ、コノエ」
ルースの本心に、俺は本心で答えることができなかった。
「コノエとボクは、価値観が違ったんだね」
ニアはそう言うと、瞳を閉じて振り返えり、宙へと身を躍らせた。
頭を殴られるような衝撃。目の前に霞がかかるように、視界がぼやける。
『あなたとは、価値観が違ったのよ』
ルースに向かって手を伸ばしたが、引き留める言葉が見つからない。
俺の視界から、ルースが消えた。
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