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その為に生き、その為に死ねるような恋をしよう②

「薔薇が……薔薇がいつまでたっても白いままなんだよ。どれだけボクの血を与えても赤くならないんだ」  白い薔薇を見つめたまま、ルースは独り言のようにつぶやいた。その間にも、押さえきれない赤い雫が手首に付けられた傷から宙へと溢れていく。 「白いものを赤くする必要はない。白は白でいいじゃないか」 「赤くしないと……赤くしないと、あの人に嫌われてしまう。あの人が逃げてしまう。あの人が、あいつのもとへ行って……ボクを拒絶する」 「あの人って、誰のことだよ」  俺は、ルースの細い左腕をつかんでいた手に、さらに力を入れた。手首から滴り出る紅い水玉の量が少なくなる。 「邪魔をしないでくれ!」  ルースが俺の手を振りほどこうと激しくもがいたが、その力は予想よりも弱々しいものでしかない。 「あの人って、誰のことなんだよ! 俺のことか? それとも、お前に酷いことを言った男のことなのか? どっちだ!」  そう問い詰めた俺に、ルースは激しい憎悪をぶつけるような視線を突き刺してきた。 「コノエだって、ボクをおかしいって言ったじゃないか!」  しかし俺は、その視線を正面から受け止める。そして、ルースの腕を俺の方へと近づけると、その左手首に口を付けた。 「な、なにをっ」  抵抗しようとするルースを無視し、俺はその手首から滴り出る『血液』を口で吸う。口の中いっぱいに土の香りだけが広がったが、やがてそれらに木の香りが混ざり、あのいつものルースの匂いへと戻っていった。 「あ……」  ルースの口から、驚きとも、喘ぎともつかない溜め息が漏れる。俺はルースの手から口を離し、彼の眼を見つめた。  ルースの瞳からは、さっきまであった負の感情が消えている。その代わりに『渇望』たちが喜びに身をくねらせていた。 「……も、もっと」  俺は、再びルースの手首に口を付ける。木と土の匂いが、俺の喉を何度か通り過ぎると、それらの元になっていた血液が、次第に出なくなっていった。俺はそれを確認すると、ゆっくりとルースの方に顔を向ける。  紅い瞳からは『渇望』たちが消えていた。  ふと何かを思い出したように、ルースが俺の手を振りほどく。そして、おもむろに後ろを向いた。 「ボクは誰からも必要とされてなんかいない」 「俺にはルースが必要だ」 「人間さえも、ボクを拒絶する」 「俺はルースが欲しい」 「ボクは誰からも相手にされない孤独な神様だよ」 「俺がいる。ひとりじゃない」  ルースが自分を否定する一つ一つの言葉に、俺は答えを出していく。  罪悪感、恐怖、良心の呵責、負い目。もう、何も感じない。  ルースへの答えは、俺の生きる道でもあるのだ。 「ボクの心は壊れてる。人間にボクの『体液』を与えていなければ、心が保てない」 「俺がもらってやる。その代わり、俺専用だ。他の奴には与えるな」  その言葉を聞いたルースは、自分の体を抱えるように四肢のすべてを屈曲させた。丸めた体が、重力の無い宙空に漂うように浮かんでいる。 「コノエ? コノエ?」  突然ルースが、誰かを探す子供のように、俺の名前を呼んだ。 「どうした?」 「どこにいるの?」 「ここにいる」 「どこにいくの?」 「どこにも行かない。ルースの傍にいる」 「だれをあいするの?」 「……俺を愛してくれる人を」  俺がそう答えると、ルースは丸めていた体をゆっくり伸ばし、俺の方を向いた。潤んだ紅い瞳が俺を見つめている。 「コノエ……愛してる。だから……」  その瞳から涙があふれ、宙に水玉を次々と生み出していった。 「壊れていても、ボクを愛してくれますか?」  ルースを抱き寄せ、目からあふれ出た涙にそっと口づけをする。そしてルースに、自分の本心を告げた。 「愛してる。ルースの為に生き、ルースの為に死のう」  その言葉を聞いたルースは、とび切りの笑顔を見せた後、俺の首に縋りつき、しばらくの間泣きながら俺の名前を呼び続けた。

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