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その為に生き、その為に死ねるような恋をしよう③
「ごめん、ちょっと乱暴すぎたかな」
ルースの左の腕には、俺の手の跡がくっきりと赤く残っていた。
「強引なのも、たまにならキュンとする、かな」
ルースと俺は、抱き合ったまま部屋を浮遊している。
「何言ってるんだか。あのさ、ルース、俺を君の依代にしてくれ」
真剣な眼でルースを見つめ、俺は考えていたことを告げた。
「ダメだよ。コノエに迷惑がかかる」
「なぜだ? もう手伝わせてるじゃないか。その方がルースを手伝うには便利だし、初めからそのつもりだったんだろ?」
言ってから、もしかしたらそれは違うのかもという考えが頭をよぎる。
ルースはただ俺に、いや人間に自分の何かを飲ませたかっただけなのかもしれない。
でももう、そうじゃなくてもいいだろう。
「キミも見ただろう。依代になれば、カミアンと一心同体だ。カミアンが消滅すれば、依代の魂も消滅する。カミアンはエネルギーが回復すればまた肉体を得て復活してくるけど、人間はそうはいかない」
ルースの言葉に、俺は目の前で突然こと切れた、命婦と呼ばれていた女性のことを思い出した。
「あの命婦と呼ばれていた女性は、相闍梨の依代だったってことか」
「そうだよ。やつはヒーノフという名前でね。彼女はその依代だった。ボクがヒーノフを消し去ったから、魂が消滅したんだ」
ぞくっという冷たさを背筋に感じる。
「でも、そのヒーノフとやらはいずれ復活してくる、と」
「そうだね。ボクらは、死なない。復活までの時間が短いか長いか、ただそれだけの差だよ」
「まあでも、ルースは強いんだ、大丈夫だよ」
「コノエ、今回はたまたまうまくいっただけ。いつもこうとは限らない」
カミアンという人外同士、決して仲がいいわけじゃなさそうだ。ルースとフィスは敵対という感じではなかったが、カミアンはまだ他にもいるのだろう。
そんな関係に巻き込まれる?
「どのみちもうすでに俺は巻き込まれている。なら、せめて『プレイヤー』として巻き込まれたい。NPCはごめんだ」
「でもね、コノエ」
まだ何かを言おうとするルースを、俺は封じた。
「コノエ、ボクは真面目な話をしてるんだよ?」
唇が離れた後、ルースは少しうっとりしたような表情を見せたが、すぐにそれは照れたようなものに変わり、その後怒ったふりの言葉を口にした。
「俺はまじめだ。そういやフィスが『ゲームだ』と言ってた。何のことだ?」
参加するならルールは知っておきたい。
しかしルースは少し困ったような顔を見せた。
「『部外者』にそれを語るのは禁忌なんだ。今はまだ、話せない」
「だから。俺を『部内者』にしてくれ。俺を巻き込んだのはルースだ」
生きる理由を見失った俺に、どんな形であれそれを見せたのはルースなのだから。
ルースの紅い瞳を見つめる。ルースは躊躇う様子を見せていたが、少し目をつむりそして何かを決心したように、目を開いた。
その瞬間の表情が、何もかもを見通しているかのような、人間を超越した表情に見え、俺は一つ息をのむ。
「コノエ、これから何があろうとも、ボクを信じてくれる、かな」
「お、おう」
「どんなことがキミを襲っても?」
「ああ」
「ボクがキミを裏切ることがあってもかい?」
ルースが俺をじっと見つめる。揶揄う様子も、茶化す様子もない。
俺はもう一つ、息をのんだ。
「裏切られたら、諦めよう。ルースを恨んだりはしない」
俺がそう答えると、ルースは首を横に振った。
「違うんだ、コノエ。たとえボクがキミを裏切っても、ボクを信じていてくれ」
その内容はよく分からない。ルースにはこれから起こるだろうことがある程度分かっているのだろう。それを説明もせずただ自分を信じろという。
「ルースの為に生き、ルースの為に死のう。そう決めたんだ、分かった、お前を信じる」
俺はあえて、意地悪気にウィンクをしながらそう答えた。
ルースが顔を真っ赤に染める。
「あっ」
「ど、どうした?」
「……な、なんか、その」
「なんか? なんだ」
「その、じゅんって、あふれてきて」
「あふれる? 何が?」
「……バカ」
ルースは顔を真っ赤にしたまま横を向いた。
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