81 / 110
その為に生き、その為に死ねるような恋をしよう⑧
二人果てた後も、しばらくつながったまま宙を漂っていた。
ルースは俺を強く抱きしめている。それは余韻を味わうものなのか――いや、俺にはそうは思えなかったのだが、かといってルースが何を考えていたのかは分からなかった。
「な、なあ、ルース」
「何、かな」
「俺、ルースの、何だっけ、『眷属』? それになったのか?」
ふと、思い出したようにルースが俺から体を離した。
お互いに生まれたままの姿で向き合う二人。ルースは全身純白だった。まるで古代ギリシャの彫刻が、命を吹き込まれて俺を見つめているかのよう。胸の頂上を染める桜色、唇の薄紅、瞳の紅、そして細部の凹凸にできる陰影だけが、彼の彩の全てである。
それはまさに神々しい神のそれである。俺の眼には、少し眩い。
「ああ、そうだね。そして」
そこでルースは顔から表情を消した。
「ゲームが始まる」
その言葉は、まるで俺のこれからの『運命』を告げるようで、俺はこれまでの少し浮ついた気分を吹き飛ばされてしまった。
「ゲーム……『リバ・ゲーム』ってやつか。それ、何なんだ?」
「アンフィスから、聞いたんだね」
「いや、名前だけだ。それが何なのかは教えてくれなかった」
俺がそう言うと、ルースの表情が少し悲しげなものに変わる。
「お、おい、なんだよその顔は」
「コノエを巻き込んでしまった。ボクのせいだ」
ルースが俺を優しく抱きしめる。
「おいおい、何か不穏だな。そんな物騒なのか、それ。魂を集めるって言うんじゃないのか?」
白くつややかな髪の毛が頬をくすぐり、ルースのモノが俺のモノと重なった。
「ボクたちカミアンは、不死だけど不老じゃない。そう言ったよね」
「あ、ああ。でもルースは若いじゃないか。いくつなんだ?」
その問いかけに、ふっと俺の耳にルースの息がかかる。
「実際の年齢はよく覚えていないよ。でも、前回の『リバース』からはもう二千年近くたってる」
俺の頭の中で、ルースの言葉が繰り返し再生された。そう繰り返し……
「リバース?」
「そうだよ。ボクらは死なない代わりに、『再生』を繰り返す。それができないでいると、次第に活動エネルギーが減退していき、やがて動けなくなるんだ」
俺は驚き、ルースから体を離すと、その肩を掴みまっすぐに見据えた。ルースの表情は相変わらず悲し気で、それでいて何かを悟っているもののようだ。
「ま、待て」
その内容、俺にとってはショッキングだ。
動けなくなる?
「それは、『死』じゃないのか」
「いや、死にはしないよ。ただ存在するだけになる。ボクなら、そう、ここで」
ルースはこの空間を包み込む繭のような白い靄を見回し、それを指し示した。
「……なにそれ」
「言葉通りだよ。ここが、ボクの、墓場」
そういうことか――フィスの言葉の意味がようやく分かった。
不死――それは人間にとって、究極の欲望と言える。しかしルースの話が本当なら、それは永劫に続く拷問じゃないか。
「でも、カミアンは消滅してもまた復活するんだろ?」
「それは『仮の肉体』の話に過ぎない。ボクたちは、『エネルギー生命体』だよ。エネルギーがなくなれば、ただ『存在するだけの存在』になる」
真に理解しろと言われても、到底無理な話だ。人間はそんな存在じゃない。
しかし、そういうものだと受け入れるなら、話は分かる。つまり、カミアンは『再生』しなければ『死に体』になるということだ。
「なあ、ルースのその活動エネルギーとやらが無くなるのはいつだ」
「いつ、ということははっきり言えないけど、でもボクはそんなに遠い話じゃない。随分長い間『再生』してないからね」
なんだ、ルースはおじいちゃんだったのか――そんな冗談を言える雰囲気ではない。
「その再生ってのはどう」
そこまで言って、言葉を止める。そういうことか。
「それが、『リバ・ゲーム』か」
俺の言葉に、ルースは申し訳なさそうに上目遣いで俺を見た。その紅い瞳が、たまらなく愛しい。
「そう、だね」
「なるほど、話は分かった。それに俺を巻き込んだというわけだな」
「……すまないと思ってる」
「何言ってんだよ、俺はルースの為に生きることにした。任せろ、二人ならなんとかなるさ。いや、なんとかしよう」
話が分かってしまえば、こっちのもんだ。
ルースに向けて、笑ってウィンクをして見せる。ルースも笑顔になってウィンクを返してきた。
「そうだね」
そしてまた、唇を重ねた。
唇を離すと、ルースが不安そうに俺の眼を覗き込む。
「な、なに?」
「えっと……その、ど、どう、だった、かなと、思って」
「何が?」
「ボ、ボクの、その……ア、アレ。気持ち悪くは、なかった、かな」
遠慮がちに、でも大胆にそう尋ねるルース。俺の答えを、期待と不安で胸をいっぱいにして待ち構えている。
「ああ、えっと、そうだな。美味しかった、と思う」
自分から訊いたくせに、ルースは手をパタパタさせながら、激しく恥ずかしがった。
ともだちにシェアしよう!