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その為に生き、その為に死ねるような恋をしよう⑨

「そ、そうだ。ルース、魂! これ、どうすればいいんだ?」  すっかり忘れていた、丹波の姫君の魂。  フィスは放っておくと魂が融合するとか何とか言っていたが、タイムリミットはどれくらいなのだろう。 「ん? ああ。とりあえず、コノエの部屋に行こうか」 『コト』の後ほど、恥ずかしいものは無い。ましてや俺は素っ裸。抱き合った仲とはいえ、裸体をさらし続ける気恥ずかしさに、思わず手は体を隠すようにうろうろする。それをルースは少し意地悪気に笑いながら見ていた。 「み、見るなよ」 「それは失礼。コノエが恥ずかしがるのが可愛くてね」 「ルースが破ったんだろうが! 見られて快感を覚えるような趣味はないぞ」  俺は抗議の視線をルースに送ったが、ルースは一向に気にしてない様子だ。  と、ふと気が付くと、ルースの手にはあのレースの薔薇の髪飾りがある。ただ、その薔薇は赤かった。 「あれ、赤くなってる」  ルースは、愛おしそうに赤くなった薔薇の髪飾りを見つめると、ショートボブの右側に丁寧に付けた。白と黒のモノトーンに、赤いアクセントが入る。  そして俺に、神秘的な笑みを向けた。 「ひ・み・つ」  美しかった。  どことなく死の匂いがする美しさ。  どうせ死ぬなら、こんな死神に連れていかれたい。そう思った。 「そんなに見つめないでくれよ」 「綺麗だ」 「ストレートに言われると少し恥ずかしいね。あの男とどちらが綺麗かな」  そう尋ねるルースの表情は、今までで一番意地悪なものだった。  もちろん、『あの男』とは綺美のことだろう。 「それを今聞くか?」 「ボクだけを愛してくれとは言ってないけど、他の奴を気にしないとも言ってないよ」 「屁理屈もいいとこだな。比べることはできないし、比べる気もない。ルースにはルースの美しさがある」  後ろめたさも、罪悪感も捨ててきた。だから、俺は思ったことを口にする。ルースもそれが聞きたいのだろうから。  綺美とルース。二人ともを全力で愛そう。 「ふうん。まあ、いいかな」  でも、修羅場だけはやめてね、ルースくん。 「フィスは、魂を放っておいたら癒合してしまって、最悪精神が崩壊するとか何とか、物騒なことを言ってたぞ。大丈夫なのか?」 「フィス、ねぇ」 「な、なんだよ」 「別に……」  そう言う割には、随分と含みを持った眼で俺を見ている。  なんなんだ? 「急かさなくても大丈夫だよ。もう手遅れだから」 「そうか、もう手遅れか……って、ちょ、おい!」 「嘘だよ」 「び、びっくりさせるなよ」 「ふふふ、すまないね」  ルースは俺の反応に笑いながら、たったの一言。  まったく、これほど遺憾の意が全く含まれていない謝罪の言葉を聞いたのは久しぶりだ。    ルースが俺の首に腕を絡めてくる。 「コノエはもう『眷属』だから、その心配をする必要はない、かな」 「うえっ? じゃあ、何か、姫君の魂は俺の中にずっといるってことか?」 「ずっとじゃない。いずれ、なるようになるよ」 「おいおい、いい加減だな。ゲームっていう以上、ルールがあるんだろ。教えてくれよ」  そう聞いた途端、ルースの表情が困ったようなものに変わった。 「すまない。それを教えることはできないんだ」 「は? ルールも知らずにゲームに参加しろっていうのか」 「いくつかの禁忌があってね。それに触れるものを人間に教えると、そのカミアンはゲームからリタイアさせられるんだ」 「まじかよ」  いったい誰がそんなルールを作ったのか。  ルールも知らないでどうやって勝てっていうんだろ。 「教えてあげられることは教えてあげる。とりあえずコノエは、魂を集めればいい」 「危険なことがあったら? 俺は一度襲撃されてる」 「ボクが守るよ」 「頼んだぞ。カミアンは他に何人いて、どんな奴がいるんだ」 「その情報も禁忌、かな。コノエが自分でそれを知っていくしかない」  ルールはおろか、敵すらも分からない――これは困ったことだ。 「やれやれだ、まったく」 「ボクを信じて」 「わかってる」  もはや今更だ。覚悟を決めよう。やってやる、やってやるさ。  ルースのため。  そして――綺美のために。

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