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キャンパスライフにさよならを②
「う、うわああああ!」
思わず叫びながら体を起こし、急いで窓際まで体を避難させた。
「フィス、そ、そこで何してるんだよ!」
「あら、つれないわね」
俺の目の前には、金色の瞳の持ち主が、口元に笑みを浮かべながら獲物を狙う爬虫類のような目で俺を見つめている。
「な、何、また俺を殺しに来たのか?」
「酷い言い方ね。そんなんじゃないわよ?」
ダークグレーの神様、フィスは俺の反応を面白がって見ている風だ。
「フィス、ボクのリュビームイにちょっかいをかけるのはやめてくれないかな」
と、そんな涼しげな声がして、寝室のドアからルースが顔をのぞかせる。エプロン姿で、手にはエッグパンを持っていた。
ルース、気でも触れたか?
「抱きついてきたのは、アナタの眷属の方よ、ルース。躾がなってないんじゃない?」
人を飼いネコみたいに言うな。
フィスは艶めかしく体を起こし――いや、ナルシ気味の細マッチョがそんなふるまいしても、艶めかしくないからさ!
「それに、起こしてくれとは頼まれたけど、起こす方法までは指定されてなかったわね」
「言葉でお願いしているうちに、聞き分けて欲しいな」
ルースが、低い声でゆっくりと、相手に言い聞かせるように『お願い』する。
「別に、力ずくで言うことを聞かせてもいいのよ? できるならね」
フィスは立ち上がると、どこから取り出したのか、左手に俺のベルト、右手にハンガーを構えた。
「それは楽しみだね」
ルースの左手にはエッグパン、右手にはフライ返し。
睨み合う人外同士の視線が火花を散らせる。
二人を止めなければ。
「な、なあ、リュビームイって、何?」
「「コノエはちょっと黙ってて」」
ハモったその言葉がまるで開始の合図だったかのように、二人の戦闘が始まった。
先に仕掛けたのはフィスだ。鞭のように放たれたベルトをルースがエッグパンで受け流す。
あ、いや、俺のベルト、そんなに伸びたっけ。
そのままの勢いで反撃に出るルース。右手のフライ返しがうなりを上げてフィスに振り下ろされた。
チープな衝突音が響き渡る。
「踏み込みが甘いわよ!」
そして、閃光と共に二人はこの場から消え失せた。
「お、おーい」
ま、まあ、あの調子ならほっといても大丈夫だろう。俺に何ができるわけでもないし。
朝ご飯を食べようとキッチンに入ると、テーブルの上にハムエッグが置いてあった。まだ、仄かに湯気が立っている。
「へえ、ルース、料理できるんだ」
そう思って調理場を見ると、見てはいけないものが目に入る。
割るのを失敗した玉子の残骸、焦げて元々何であったのか分からなくなってしまった物体……
ハムエッグ一つ作るのに、何をやっているんだか。
俺は笑いをこらえながらも、お皿にシリアルを入れ、冷蔵庫から出した牛乳をかける。
いつもの朝食に一品加わった幸せを感じながら、ハムを一口。
強烈な刺激が、舌ではなく鼻を刺激する。
超涙目になりながら、しばらくの間、悶絶状態になっていた。
わさびを入れるなよ。そこは胡椒だろ……
とりあえず、鼻に抜ける刺激に気を付けながらハムエッグを平らげた。そしてシリアルを胃に流し込む。
「戦うんだったら、後片付けをしてからにしてくれ」
そう独り言ちながら、物が散乱した台所を手短に片付けた。
今日は月曜日、本来は大学の授業がある日だ。
いや、大学へは行くのだが、授業は受けずに教授に会って色々話をするつもりだった。
寝室に戻り、外出の準備をしながら、今後の行動に思いを巡らせる。
インフルエンザの潜伏期間は二日程らしい。明日まで症状が出なければ、綺美のところへ戻ろう。
にしても、はあ……綺美、怒ってるかな……
ちゃんと説明せずにこの世界に戻ったことを、綺美はどう思っているだろうか。正直一分一秒でも早く綺美の元に戻りたかったが、あそこは現代日本とは違う。いや、現代ですらインフルエンザは克服できていない人間の天敵なのだ。
ここは我慢だよな……
フィスがベルトを取ってしまったので、代わりのベルトを見つけるのに少し手間取ったが、なんとか用意は終わった。しかし、二人は一向に戻ってこない。
「ルース、出かけるぞ!」
声をかけたが反応は無い。
まあ、いっか。二人で積もる話もあるのだろう。あれって、仲直りしたって言うのかな?
ドアに鍵をかけ、俺はマンションを後にした。
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