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キャンパスライフにさよならを③

 ※ ※ 「旅、ですか」  上田教授は俺の話を聞いて不思議そうな顔をした。 「はい、いい機会のような気がしました。少し、色々な場所を放浪してみたいと思いまして」  教授はそんな話を聞いても、バカにすることも、わかり切ったような顔をして諭すようなこともせず、ただ俺の顔をじっと見つめている。 「まあ、君がそう決めたのなら、いいんじゃないでしょうか。それも経験だと思いますよ」  飄々とした物言いだが、この人は必ず深い思考の下で発言をする。狭い世界で生きてきた俺にとって、それは悪い選択ではないと判断したのだろう。  一般常識に照らせば、来年に向けた公務員試験の準備か、第二新卒として就職活動を始めるか、になるはずだが、上田教授がそれを俺に勧めることはなかった。 「準備と計画で大学に来る時間が無くなりそうです。それで、その、単位なんですが」  今、大学で受講している講義は三つしかないが、全て上田教授のものだった。しかもそのうち一つは卒業単位には関係のないもので、実際ゼミの単位さえもらえれば、俺はもう卒業できる。  卒業論文は必要が無い。俺の大学のこの学部は、行政系や司法系の各種試験を受験する者が多数いる為、そうなっているそうだ。 「卒業レポートももう貰ってますし、君は欠席もなかったので、まあ、このまま来なくなっても単位は認定できますね」 「すみません」 「いやいや。やりたいことができたのなら、いいと思いますよ」  四回生のゼミは年内で終わる。あと一か月ほどだ。実際、もう来ていない学生も多かった。俺は皆勤を狙っていたが、そうしたところで何か表彰されるわけでもない。  ただ、教授の授業を受けたいがためだけに大学に来ていたようなものだったのだ。 「寂しくはなりますけどね」 「人生に困ったら、相談しに来ます」 「待ってますよ。まあ、困らない方がいいんですけどね」  上田教授との話はそれで終わった。  昼時のキャンパスは、行きかう学生たちで混雑している。  昼ご飯をどうしようか。もう少し後にするか……あまり、というか全然お腹は減っていない。朝、わさび味のハムエッグとシリアルを食べてきたからか?  そんなに量を食べたわけでは無いんだけど。  一体、眷属ってのはどういうものなのか、全く実感が無いのも困りものだ。  ドッキリ、とか、じゃないよな?  そんなことを考えながら、学生課に入ろうとしたところで、出てきた学生とぶつかってしまった。 「おっと、ごめん」  何気なく口から出る謝罪の言葉。そして、その学生と目が合った。 「こ……平くん」  もう大学に来なくて済むようにしようとした目的の一つは、ルースを手伝い、綺美に会いに行くため。そしてもう一つの目的、それが目の前にいる女性と会わなくて済むようにするため、だった。 「あ、ああ、久しぶり」  何を言えというのか。  俺を振った女性、舘林加奈が気まずい様子でこちらを見ている。彼女も四回生だ。そんなに大学に来る用事もないだろうに、どうしてここで会ってしまうのか。  彼女は、俺を振って以降こちらからの連絡に一切反応をしなかった。だからこんな所で会っても、そりゃ、気まずくもなるだろう。  しかし、こうして会ってみて分かったことがある。それは、もう加奈に対して怒りも悲しみも切なさも、それ以外のどんな感情も持たなくなっていたということだ。 「加奈、何してるんだ?」  加奈の後ろから男が声をかける。そして俺を見ると、 「何か用か?」  と、二人の間に割って入るように、俺の前に立ち塞がった。 「別に。知り合いに会ったんだ、挨拶くらいはするだろう」  こいつ、俺を見る目に敵意がみなぎっている。  ……もしかして、『元カレ』だと気付いたのか。まったく、面倒なことになったもんだ。  いや、ちょっとまて。  考えてみれば、振られたのはたった五日前だ。それにしては目の前の二人の振る舞いは、随分と自然な『恋人同士』のようだ。  いや、まじか。そういうことか。  それが意味することは、さすがの俺にも分かってしまった。  もし俺が、何もない状態でこの場面に出くわしていたのなら、随分とみっともない反応をしてしまってただろう。想像するだけで身震いがする。  しかし、今はもう、何も感じない。悲しいくらいに、何も感じなかった。

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