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キャンパスライフにさよならを④

「なるほどね」  何も感じなかったせいだろう、言わなくてもいい言葉が思わず出てしまう。 「おい、どういう意味だ」  その言葉が、男の敵意に火をつけてしまったようだ。多分この男には、俺が加奈に復縁を迫るストーカー男に見えていることだろう。  ヒロインを守る、正義のヒーロー。  だめだ、笑いがこみあげてくる。 「別に。状況に合点がいっただけだ。君には関係ない」 「なんだと、こら」 「ちょっと、やめてよ、かぁくん」  加奈が男を止める。  かぁくん、か。 「お前、バカにしてんのかよ」  加奈の言葉を思わず鼻で笑ってしまったのが気にくわなかったのだろう。男がとうとう俺の胸倉をつかんできた。  廊下を行き来していた学生たちが、野次馬となって騒めき出す。 「やめてって」  状況的には、俺が被害者に違いないのだが、実際のところ周りの人間には、俺の方がよっぽど嫌な人間に見えていることだろう。  今、俺は可笑しさしか感じていない。多分、俺の顔は今、気持ち悪いほどにやけているはずだ。 「ああ、申し訳ない。可笑しかったのでつい」  あなたとは価値観が違ったって?  確かにそうだろう。何せ、目の前の男は、俺とは全く違っていた。  俺より全然背が高く、ファッション雑誌をまねしたような服装に身を包み、ピアスとネックレスを付けている。振舞いの端々に、イケメンを気取るナルシズムが見え隠れしていた。  コレが良いというのなら、そもそも何故俺と付き合い始めたのか、まったく理由が分からない。  それを考えると、付き合っていた時の俺があまりにも無様で、滑稽で、惨めで、笑うしかなかった。  一体、加奈と一緒にいた時間は何だったのだろうか。 「ざけんなよ!」  別に目の前の男のことを笑ったわけではなかったのだが、俺の言葉が火に油を注いだようだ。  男は右の拳を握りしめると、俺の顔めがけて繰り出した。  そして全てが、スローモーションになる。  男の拳が向かってくるのも。  横から白い手が伸び、男の腕をつかむのも。  突然腕をつかまれた男は、驚いた表情で自分の腕をつかんだ手の持ち主を見た。 「ルース、来てたのか」  胸倉をつかまれた状態のまま、俺はルースに声をかける。 「コノエ、確かに守るとは言ったけど、自分で避けられるものは自分で避けてくれないかな?」 「ああ、悪い、悪い」  俺は胸倉をつかんでいる男の手を、ポンポンと軽くたたいた。 「手を離してくれないか」  男は狐につままれたような顔をしながら、手を離す。  それを見て、ルースも男の腕から手を離した。 「コノエ、行こう。ランチを食べたいな」  まるで周囲に見せつけるように、ルースは腕を組んできた。  いや、おい、男同士だろ。いや、まあ、どっちにも見えなくもないんだけど……  そしてルースは、男の後ろから心配気に事の様子を見ていた加奈を、まっすぐに見つめる。 「へえ」 「な、なんですか?」  ルースの視線にどんな意味を感じたのだろうか。加奈は、ルースに対して少し不機嫌な様子で反応をした。 「いや、キミにはありがとうと言わなければならないかな」 「意味が解りません」  ルースが何を言いたいのか俺にも分からなかったが、もう面倒を大きくはしたくない。 「ルース、失礼なこと言うなよ」 「ボクは何も失礼なことなんて言ってないよ」  澄ました顔でルースがとぼける。 「ごめん、邪魔したね、『舘林』さん。彼氏も、悪かったな。それじゃあ」  もう話すことは何もなかった。  彼らに背を向け歩き出した俺に、ルースが腕を組んだままついてきた。そして、俺の肩越しに後ろを振り返って、妖しく笑う。  その視線の先には、加奈と彼氏がいるのだろう。  ルースの横顔にぞくっとするような妖艶さを感じはしたが、一方でそれを見た加奈がどんな顔をしているかには、全く興味がわいてこない。  このキャンパスに残したものはもうないのだ。それが分かっただけで十分だった。

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