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危険な香り⑤
「ちょっ! 綺美、落ち着いて、落ち着いて」
俺はあわてて帳の中に入ったが、その俺へも衣が投げつけられる。
すぐに綺美を追いかければよかったか。
藤に話を聞きに行ったのは失敗だったようだ。しかも、藤からは何の話も聞けなかったとくれば、後悔の大波が襲ってくるのも仕方がない。
俺は衣をかいくぐって綺美の傍に寄ると、半ば錯乱状態の綺美をしっかりと抱きしめた。それでも綺美は、なおも俺の腕の中で暴れようともがいている。そんな綺美をさらに強い力で抱きしめると、俺は綺美の耳元でそっと囁いた。
「綺美が死んだら、俺が悲しむだろ」
その言葉を聞いた綺美が動きを止める。そして俺の体に抱きつき、胸に顔をうずめてまた泣き出した。
とりあえず暴れるのは止んだようだ。俺にしがみついている綺美の頭を優しく撫でてあげる。ほっと一息。
暫くそうしていると少し落ち着いたのか、相変わらず顔を俺の胸にうずめてはいるものの、綺美は泣くことを止め、俺が髪をなでるのに任せていた。
綺美の髪の毛に、俺はそっと口づけをする。
柑橘系の髪の匂いとコートから漂う木と土の匂いに交じって、綺美の体から発せられるむせるような体の匂いが鼻腔をくすぐった。
「どうしたんだ? 何かあった?」
俺の問いかけに、綺美は暫く黙ってしまう。綺美が口を開くまで、俺は綺美を優しく抱きしめたまま待った。
だからだろうか、少しすると綺美も落ち着いたようだ。少し顔を横に向けて、おもむろに綺美が口を開いた。少し肌寒い空気の中、熱い吐息が俺の左腕にかかる。
「う……うずきたるぞかし」
……
おーけー。落ち着け、俺。受験勉強を思い出せ。
まず『たる』というのは、完了の助動詞『たり』の連体形だ。その直前は用言の連用形。
ということは、『うずき』というのは、動詞『うずく』の連用形ってことだ。
『う、うずいちゃったんだ……』
こんな感じか。
うんうん、俺、イケてるね!
……
うずく?
「何が?」
いや、それを聞くべきではなかったのだろう。でも、思わず聞いてしまった俺を誰が責められようか、いや誰も責められない。
綺美が突然また俺をバンバンと叩き始めた。まさに、これは、伝説のネコパンチ!
「痛い痛い、待って待って」
「我はもう生きてぞいけぬ、死にたい、死にたい!」
さんざん叩いた後、綺美は帳の中に散らばっていた衣をかき集め、その中へと潜り込んでしまった。
嵐の後の静けさ。台風一過。帳の中には、綺美の少し荒くなった息遣いだけが響いている。
「ほら、綺美。姿を見せて」
そう声をかけても、出てくる様子はない。
ったく、仕方がない――
寝台の上に盛られた衣の山の中に、体を滑らせる。
綺美は抵抗こそしなかったが、体を固く丸めていた。
背中からそっと綺美を抱く。一瞬、ぴくっと震えた体は、しかししばらく抱いているうちに、ゆっくりと力が抜けていった。
「コノエ……」
綺美がこちらを向き、そして俺に抱き着く。
自然、体が密着し、そして……あ、あれ? 何か、俺のアレに当たって……
「綺美、もしかして、硬く、なってる?」
闇の中。無限に広がる無音時空――
くるんっと、綺美がまた背中を向ける。そこでフリーズ。
わかった、わかってしまった。そうか、そうだったのか!
いやあ、やっぱり綺美も男の子なんだなぁ。
そっかそっか、そういうことかぁ……
俺は綺美の背中に体を密着させると、手でそっと、綺美のモノに触れた。
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