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這い寄る蔓の先に②
賑わいのある区画から外れると、途端に人気は少なくなる。俺は道端に有った大きめの石に腰かけ、息をついた。
あれからここまでの道すがら、今までは敢えて考えることを避けていたことに行きついたのだ。
そもそも、なぜ綺美だけ古い言葉で話をするんだ?
綺美だけそういう言葉遣いなのだ、と考えるにはどうも無理がある。誰も話していないその言葉をどこで習ったというのだ?
そんな、『ヒロインは癖のあるしゃべり方の方が可愛い』というのは、アニメかラノベの中だけで十分だ。
とりあえず、頭の中で整理したこと。
この世界の人間は、現代日本語とは別の言葉を話している。つまり、古い日本語でしゃべっているのだ。
ところが、俺にはその言葉の意味が現代日本語で聞こえる。
今まではそれに気が付かなかったのだろう。しかし今は、聞いている音と意味がズレているということを、認識できるようになっているのだ。
これが眷属の力なのか?
いや、それは今は置いておこう。ここからの方が問題だ。
多分、綺美の言葉は、そのまま俺の耳に聞こえている。綺美の口の動きには違和感を感じなかったからだ。
……なぜだ?
綺美だけなのだろうか。綺美は特別なのか?
……なぜだ?
『なぜだ?』という言葉だけが、俺の頭をメリーゴーラウンドのように回り続けている。
でも、だ。
この世には、考えても出ない答えなど、幾らでもあるだろう。様々な仮説が出ては消えていくが、結局、答えを知っているのはルースだけだろう。
どうする? ルースに聞くか?
いや、実はこれもまた『ゲームのルール』に関することかもしれない。もしそうなら、自分で答えを出さないといけない。
何の結論も出ないまま、気が付くと俺は綺美の屋敷に戻ってきていた。
辺りはもう暗い。晩秋の日没は思いのほか早いようだ。
正面の門から入るのは何か気が引けて、塀が崩れた場所から中へと入る。持仏堂の東側に当たるが、西の空はもう夕暮れの残りもそろそろ消える頃で、遠くに見える山の尾根がほのかに光を放つのが見えていた。
寝るにはまだ早い時間だ。にもかかわらず、屋敷には灯りの一つも見えなかった。俺は母屋へと上がる階段に近づき、靴を脱ぐと、階段を上がり、廂に腰かける。
月はまだ出てこないだろう。
綺美に初めて会ったのは、満月の時だったか。あれから何日たったっけ。
綺美との会話を思い返してみる。
綺美には、俺の言葉がどんな風に届いていたのだろうか。
『おはよう』
『ただいま』
『おかえり』
綺美に教えた挨拶。しかし、それすらも本当に、音そのものが正確に綺美に伝わっていたのか、もう分からなくなってしまった。
綺美はまだ衣にくるまって、自分の感情を持て余しているのだろうか。
俺を拒絶した綺美。死神――綺美には俺が死神に見えたのか。
ふと、初めて綺美の顔を見た時のことを思い出した。
頬を流れる一粒の涙。
自分の価値観を肯定してくれる人を失いたくなかった――今考えると、あの涙はそういう意味だったのだと思う。
いや、そうなのだろう。綺美も、ルースも、人も神も生きとし生けるもの皆に、譲れない価値観というものがあるに違いない。
だから、俺は俺の価値観を失ってはいけないのだ。
どうする。綺美に会って、また拒絶されたら、俺はどうする。
……いや、どうもしない。
綺美を愛するというのなら、それすらも愛そう。綺美の望む通りに。でも、俺を死神だという、その真意は確かめなきゃいけないと思う。
心が決まった。そして立ち上がったところで、下ろされていた御簾の中から声が聞こえた。
「何故、戻り来しぞ」
突然の質問だった。でも俺は、予め分かっていたようなくらい自然に、その質問に答えていた。
「綺美を愛してる。だからだよ」
何拍かおいて、綺美が答える。
「別に我は、コ、コノエを待つために、ここに居るわけでは、ない、ぞ」
ふっと、心を締め付けていたものが消えていくのを感じた。
いつもの、あの、綺美がいる。
「うん、分かってる」
「何を分かるや」
「綺美が俺を待ってたってこと」
「別にコノエを待ちたるわけではないと言うておるに」
「分かってる」
暫く、二人の間に沈黙が流れる。御簾の中は真っ暗で、外からは何も見えなかった。
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