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這い寄る蔓の先に⑤
藤はいきなり何を言い出したのだろう。
結婚? 俺と?
綺美との婚儀が流れたから後釜に座ろうという感じではどう見ても、ない。
というかさ、そもそも、男同士だろ……
この世界は、そういう『男女の別』という概念が希薄なのか?
……いや、それはない。大納言や中将を思い出せ。彼らは『女性』を求めている。綺美を女性だと思って手紙を送ってきたはずだ。
と。
ふと脳裏に何か警報が鳴っているのを感じる。何か嫌な予感がする状況だ。
何かがおかしい。でも何が?
……分からないことはおいておこう。
藤の後を追いかけ厨に入ると、藤は厨の真ん中で俯いたまま、こちらの方に体を向けて待っていた。
「で、一体どういうことなのか、説明してくれるか?」
「わ、私も、もうすぐ十三歳になります」
「あ、ああ。そんなこと前に言ってたな」
ふと以前の話を思い出して、そう返事した俺の言葉に、藤の更なる言葉が被さる。
「もう成人して、そのうち誰かと結婚する歳です」
「そんなの、縁談が来てから考えればいいじゃないか」
「それじゃ遅いんです。断れないかもしれません。ここを離れたくはないんです。でも、近衛様の側室になれば、ずっとここにいられます」
……いや、それは短絡に過ぎるぞ。
「おいおい、結婚なんて、男女がするものであってだな」
ああ、なんて実のない言葉だろう……自分でも『どの口が』とか思ってしまった。
案の定、藤も俺のことを『そんな目』で見ている。
やめて! そんな目で見ないで!
「わ、私はっ、こ、近衛様が、好きです。私のこと、お嫌いですか?」
「いやいや、藤が言う『好き』ってのは、『なんか感じのいいお兄さんだわ』くらいだろ?」
自分で言ってて恥ずかしくなってしまった。俺って、感じのいいお兄さんなのだろうか。
「そ、そんなこと、ありません」
「感じ悪いのか……」
「いえ、そっちではなくて」
「あ、ああ、そっちじゃないか。いや、あのな、俺も藤のことが好きだけど、それは、ほら、いわば『かわいい弟』みたいな感じだ。『結婚』とか、そういうのは、ちょーっと、違うんじゃないか?」
「違いません」
「いや、違うだろ」
思わずのツッコミに、藤の目にじわぁーっと涙が浮かんできた。
「いやいやいやいや、待て。な? 早まるんじゃない。俺は男、藤も男」
「宮様も男です」
……だめだ、性別から離れよう。
「よし、こうしよう。いいかい? 恋とか愛とかは、もう少し大人になってからするものでだな」
「だから、もうすぐ私は大人になってしまいます」
……この世界は何でこんなに生き急いでるんだろう。全く、謎だ。
「それは数字だ。体は」
「か、体だって」
そう言うと、藤は唐突に袴の紐をほどき始めた。
緋色の袴が厨の床に落ちる。そして、前で合わせた上着の結び目を藤はいそいそと手でつかんだ。
「わかった、わかったから」
俺は慌てて藤に近寄り、着物を脱ごうとしていた藤を押しとどめようとしたのだが、藤はその俺の手を掻い潜り、俺へと抱き着いてしまった。
まったく、どうなってるんだ?
俺はくっついて離れようとしない藤の頭を、そのまま優しくなでてやる。
しかし俺の頭の周囲には、クエスチョンマークが盛んに飛び交っていた。
モテ期到来、じゃないよなあ……
生まれてこの方、モテたことなんかない。たまたまできた彼女も、男を作って逃げていった。
それがだ……ルースと会って以降、とんとんと恋人ができていく。
でも、皆、男だよ……俺、なんか男を引き寄せるフェロモンでも出しているんだろうか。
なわけないよなぁ……絶対なんかあるよなあ……
頭の中の警報は止まない。しかし、藤が意図するところが全く見えなかった。
「よし、こうしよう。一年経って、まだ藤が俺のことを好きだと思ってくれてたら……」
「それでは遅いんです」
そうつぶやいた藤の言葉は、それまでのトーンとは全く違って、どこか切迫したものになっていた。
遅いという意味が分からず、不思議に思って藤を見る。藤も下から俺を見上げて俺の眼を見つめ返した。
おもむろに藤が俺の首に手を回す。そして俺の頭を自分の方へと引き寄せた。
半月の光が、うっすらと厨に差し込んでいる。
瞳を閉じた藤は、昼間に見えるあどけない少年っぽさとはまるで違う、何か妖艶な色っぽさをその仕草から醸し出していた。
俺の視線が、藤の唇に釘付けになる。
「近衛様……愛してます」
藤の唇が俺の唇へと近づいた。唇が開き、少し熱い吐息が漏れる。
その藤の唇を、俺は右手で塞いだ。
「な、なにを?」
俺の手の中で、藤が驚いたような言葉を発した。俺は、そのまま藤の瞳をじっと見つめ、そして藤に尋ねる。
「藤、君はこの世界の人間じゃないな」
藤が、戦慄の色に満ちた目を見開いた。
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