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這い寄る蔓の先に⑦
藤――つぶらな瞳をした、かわいらしい顔の少年。黒い髪の両サイドには輪っかが一つずつ作られている。教科書の挿絵で見たことがあるもの――『みづら』だ。
桐と違って、それは下向きに束ねられている。桐のは上を向いていた。
藤は、今度は俺の眼をしっかりと見据えて、話をし始めた。
「近衛様がこちらにいらっしゃったときはまだ『普通の人間』でした。でも今は違う。ルシニアの眷属になったのですね」
「藤はルースを知ってるんだ。なんだか巻き込まれた感じがしないでもないんだけどな。というかそもそも、俺、何に巻き込まれてるか全然わからないんだけど。藤もその『リバ・ゲーム』ってのに参加してるのか?」
「ええ、もちろんです。ゲームが始まれば、全てのカミアンが参加します」
もう一度よく藤を見てみる。
ルースにしてもフィスにしても、どこか人間離れした雰囲気を醸し出しているが、こと藤に至っては、それが全くない。見た目では『人外』とは分からないのだ。
藤が黙っていれば、きっと俺はずっと気づかなかっただろう。
「ゲームのルールが分からない。誰も教えてくれないんだ」
「それは禁忌ですから。近衛様がご自分で理解するしかありません」
「そうか……でも、いきなり襲われるということはないんだ」
「いえ、時には」
少しためらった後、藤は控えめにそういった。
いや、マジか……ということは、藤は『いきなり俺を襲う』系ではないということか。
……俺に襲わせようとしたのは、多分違う意味だろうし。
「でも、なぜ俺を誘惑するんだ」
「それは、もちろん……近衛様を好きになったからですよ」
体をもじもじとくねらせながら、藤が顔を赤らめる。
……ある。絶対に裏がある。
「いや、うれしいっちゃうれしいんだけど、男同士で――ああ、そうか、カミアンには性別がないんだったか」
「はい」
「というか、そっか、桐もカミアンか」
双子というからにはそうだろう。藤は、しかしこの問いには答えない。
「そういう情報はNGとうことか」
「そうですね。カミアンに関する情報は『眷属』には与えないというのは、でも禁忌ではなくて紳士協定です」
はあ、なるほどね。
「んじゃ、カミアンが何人いるかとかも」
「いまのところ」
秘密、ということね。
「藤に色々聞きたかったんだが、まさか当事者とはなぁ」
「禁忌でなくても、今は余り近衛様に色々お教えするのは難しいです」
「ん? なんで? 禁忌じゃなきゃいいんじゃ?」
「この会話もルシニアにバレているでしょうから。ライバルに情報を漏らす『バカ』はいませんよ」
何だろう、『バカ』のイントネーションが、すっごく辛辣だった。
考えてみれば、藤はかなりの毒舌家かも。
「バレてるって、ルースがどこかで聞いているか見ているかしてるのか? そういや、ルース、ここにいないのにずいぶん俺の行動を知っていたけど」
「え? ご存じないのですか?」
藤が文字通り、目を丸くして俺に尋ねる。
「何を?」
「……カミアンは、眷属の眼を通してものを見、耳を通して音を聞くことができるんです」
「はぁっ?」
驚いた。驚いてしまった。そんなこと聞いてない。
でも、そうなのだとしたら、説明が付くことがいくつもあった。
ルースが俺の窮地に必ず駆けつけてくれたこと。
綺美のことを知っていたこと。
「そういうことか……」
ふと、俺の脳裏に綺美の叫びがよぎる。
『死神』
もしかして綺美は、『俺の眼を通して綺美を見ているルース』に気づいたってことか?
……まさかな。
数々の疑問に頭がついていかない。藤には、俺が混乱をきたしているように見えただろう。それはまさに、その通りだ。
だからだろうか、俺の反応を見た藤の眼の色が明らかに変化する。さらに誘惑……そんな感じだ。
「近衛様、私を助けてくださるなら、私の全てを近衛様に。もちろん、知りたいこともすべてお教えしますよ」
なんて妖しい笑みなんだ……いや、お前子供だろ。
……そして、気が付く。こいつ、見目の年齢と実年齢が違うんだ。
うわぁ、中身、いくつだろ。
様々なことは疑問のままだったが、色々見えてきた。
フィスに続いて、藤の誘惑。ゲームに関係してるな、これ。
「助けるって、何を。というか、俺はもうルースの眷属なんだろ? ルースのライバルに手は貸せない」
「いえいえ、近衛様。眷属は別に特定の一人の眷属である必要は無いのですよ」
「ふぇ?」
「眷属は、カミアンの『共有物』なのですから」
藤の手が俺の肩から首の後ろに巻きつく。ゆっくりと俺を引き寄せ、そして囁いた。
「私を抱けば、いいことがありますよ」
その囁きが、俺の脳をくすぐる。ガキのくせにガキじゃない。なんて怖い。
その誘惑に、しかし流されそうな自分がいる。
おいおい、俺。ちょっと待て――
欲望は正直だ。藤の潤んだ目が見つめる。その艶やかな唇に、引き寄せられる――
「それは許さない」
突然、切り裂くような鋭い声が逢瀬を遮る。
藤の悲鳴。俺も驚いて、声の方へと振り向いた。
白髪のボブヘアに、黒いゴシック服。半月の光を背にして、そこにルースが立っていた。
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