「……なぜ、私を庇ってくれたのですか？」 　俺の首に縋り付きながら、藤がそう尋ねた。 「なぜって、俺にとって藤は藤であって、それ以外の何かではないからね。まあ、俺みたいな人間なんかがカミアンを庇う必要はなかったのかもしれないけど」 「そんなことはないです。まともに戦っていれば、ルシニアには勝てなかったでしょう。もしかして、私だから、助けてくれたのですか？」 　私だから―― 　藤が聞きたがっている答えは、もちろん、『綺美を世話してくれてるから』ではないだろう。 　愛してるから――そんな答えを要求している。 　でも、実際どうなのだろう。 　藤のことは好きだ。明るく元気で聡明で、笑った顔はかわいらしい。 　しかしやはり、『好き』と『愛してる』は違う。今のところ、本当に『かわいい弟』としか思えない。 　ただ、俺はともかくも、一体藤は何でこんなに俺に入れ込むのだろう。 　……いや、そう考えるのは傲慢か。 　やはり、なにか『カミアンとしての思惑』があるのだろうか。疑いだすときりがないな。 「分からない。ただ、そうしたかっただけだよ」 「私を……愛しては、もらえませんか？」 　藤が顔を上げる。うるんだ瞳。本心か、それとも罠か。 「それは眷属になってくれ、という意味かい？」 「いえ、眷属のことはいいんです。ただ愛して欲しいんです……」 　いや、まったく、何を言うんだか、この子は。 「リバ・ゲームはどうするんだ。眷属を持つほうが有利なんだろ？　それとも、藤にはほかに眷属がいるのか？」 　そう聞いたとき、藤が微妙な笑みを顔に浮かべる。 　あれだ、小悪魔の笑みだ。何かを企んでる。 「禁忌に触れない質問にはお答えしますが……」 「なに」 「私が教えるばっかりですか？」 　少しだけ、不満げな表情。対価を要求ということか。 　いや、まじ、こえー。 「何、すればいい？」 「接吻を」 　藤は軽く目を閉じ、俺のほうへと唇を突き出した。 　ためらい、ためらい。 　これは、罠じゃないのか？　いや、罠だろ。 　唇を突き出したままの藤。どうしていいかわからず固まる俺。 　待ちきれなくなったのか、藤が目を開ける。 「いつまでこうさせておくつもりですか」 「いや、そうは言ってもだな、いろいろと」 「別に罠なんかじゃないですよ」 　げっ、考えが見抜かれてる。 　藤が頬を赤らめ、俺の頬を手で撫でた。 「私に、恥をかかせないでください……」 　こいつ、絶対子供じゃないだろ。ないだろ！ 　再び目を閉じ、藤が俺に顔を寄せる。 　まあ、そうだな。キスじゃ眷属にはならないだろうし、いっか。 　藤の唇に自分の唇を合わせる。柔らかく、そしてしっとりとした感触。 　藤か軽く唇を開ける。もうこうなると、俺も自分を止められない――もう『男とナニする』のが普通になってる自分が怖い！ 　しばらく二人、舌を絡めあった。 　そして自然と唇が離れる。二人をつなぐ唾液の糸が、漏れ入る月明かりにきらり。まるで、蜘蛛の糸のようだった。 「子供じゃないな。まあ、カミアンなんだからそうだろうけど。藤って、いくつなんだ？」 「覚えてはいません。それはそれは長い時間」 「だよな。なに、ずっとそんな『子供の姿』なのか？」 「いえ、ある程度は成長していきます。これは、『再生』してからまもないから、ですね」 「へえ……ということは、藤はリバ・ゲームに勝ったのか？」 「ええ」 「それ、いつくらいの？」 「今から、そうですね、二十年ほど前です」 「最近じゃないか。ん？　そのリバ・ゲームってのは毎年やるのか？」 「いえ」 「前回は、いつだったんだ？」 「二十年ほど前です」 　これはすごい情報だ――多分。 「何、藤が前回の勝者ってこと？　それで『再生』した――なるほど、若返りか」 　なるほど、なるほど。少しずつ情報が増えていく。 　となると、藤と仲良くすればもっと情報が…… 　そう考えて頭を振る。 　なんて打算的だ。それに、多分だが、俺が藤の眷属になってしまうとルースが不利になるだろう。それくらいは想像がつく。 　さて、どうしたものか。 　……ん？　そういや、一つ忘れていたことがある。それを思い出した。 「桐も、そういうことか。二人して似たような年齢。なるほど、二人のカミアンがペアを組むんだな。前回の勝者は藤、桐組だってことか。どうやって勝ったんだ？」 　しかし藤は、それにはイエスともノーとも言わなかった。 「それは禁忌です。まあ、でも、もっと藤を愛してくださるなら、お応えできるものにはお答えしますよ、近衛様」 　藤の手が、俺の体を這っていく。ぞくっとする快感。それを覚えた自分にぞくっとする。 「ごめん、それは今は無理だ。ルースとの関係もあるし、眷属というのが何かはっきりわからない内は、軽々しいことはしたくない」 「そんな、重々しいものではありません。眷属は、己の欲望のままに振舞えばよいのです……」 　胸からおなかへ。そしてさらに下へと……　 「ふふふ。近衛様、硬くなってますよ」 「いや、ほら、そりゃそんなに密着してイチャイチャされたらだな」 「私でも、興奮してもらえるのですね」 　熱い瞳で、藤が俺を見る。吐息も熱っぽい。そのまま、俺のモノへ刺激が加えられ―― 「ストップ！　ストップだ。俺は宮様もルースも愛してる。二股男だ。そんなやつは『許すまじき敵』だろ。俺なんかをだな」 「私たちに人間のような倫理観はありません。そこに、私を加えていただければ、よいのです」 　俺の耳に息を当てるように、藤が囁く。 　カミアンたちの恋愛が、一体どういったものなのかは分からないが……これは『恋愛』なんかじゃない。ゲームだ。きっとそう。 「言っただろ。まだそれはできない。ほら、離れて。そんなにしがみついてると、俺に襲われてしまうぞ」 「襲ってもいいんですよ？」 「そうだった」 　俺は少しばかり胸に残る未練を振り払い、笑いながら藤の体をしっかりと抱きしめた。 　藤の口から、軽い吐息が漏れる。 「今はこれだけ。正直、藤が俺に愛して欲しいのか、それとも、俺を眷属にしたいだけなのか、それがまだ分からない。分からない以上、応えることはできない。以上だ」 「……近衛様を眷属にしたいだけなら、愛してはもらえないのですか」 「ああ、そうだな。そんなの、愛じゃない」 「同じことをあのカミアンにお訊きになりましたか？」 　藤の声のトーンが変わった。体を離し、藤の顔を見る。 「藤……」 「眷属にしたいだけじゃないのかと、ルシニアにお聞きになりましたか」 　そこにはあの、人間では手の届かないところから下界を見下ろすような、神の目があった。