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人間とは①

 神様は残酷だ。  藤と交わしたキス。そのかすかな柑橘系の味だけが、俺の口の中に残っている。  俺は答えに窮した俺にほくそ笑んだ後、俺を残して出て行った。別にそれを追いかける動機はないが……  藤は、俺とルースの間に楔を打ち込んだのかもしれない。それが彼の戦略なのか、それともただ、『まさにその通り』のことを口にしただけなのか。  これからどうしよう。  東の空が――多分この世界でも、東から日が昇るのだと思うのだが――次第に明るくなってきた。俺は厨を後にして持仏堂にある『扉』をくぐり、ルースの『城』へと向かったが、『城』にルースはいなかった。  すぐさま自分の部屋へと戻ってみたが、同じく姿は見えない。  俺が見ている光景はルースにも見える。ルースが俺を気にしているのなら、俺がどこにいるか、彼は分かっているだろう。  俺がルースを探していることも分かるはずで、姿が見えない、もしくは姿を見せないのなら、ルースが俺を避けているか、成り行きを見守っているか、さもなければ放置プレイを楽しんでいるのだろう。  ただ一つ言えることは、ルースは藤や桐に対して今すぐ『攻撃』をするつもりはないということだ。その気であればもうそうしているはずなのだから。  本当に捉えどころのない『恋人』だな、まったく。浮気しても知らないぞ。  部屋でいろいろ考えているうち、ある事――カミアンが俺を眷属にする方法が何なのかに思い当たった。  きっと、ルース、フィスそして藤。みんな、俺を眷属にしようとしたのだろう。  ルースとしたのは……思い出すのはちょっと恥ずかしいが、アレとアレ。  フィスは、最初俺を襲おうと思えば襲えたが、やらなかった。まだルースの眷属になっていなかった時だ。そして、俺がルースの眷属になった後、自分を抱くよう迫ってきた。  そして藤だ。やはり自分を襲えという。  そういうことか。  カミアンのアレをアレするのが眷属になる『儀式』だと思っていたが、なるほど、違うな。ルースの奴、それにかこつけて自分のアレを俺に飲ませただけに違いない。  眷属になる方法は――後にした行為だ。まったく、しれっとさせられたもんだ。  もちろん、何か後悔しているわけじゃないが。ただ、ルースが俺とつながったのは、俺を眷属にするためであって、愛しているからではない――そんな思いが、振り払っても振り払っても消えずに現れてくる。  まったく、藤の術中にはまったんじゃないだろうか。  とりあえず魂を集める。そもそもそれが目的だ。  丹波の姫君の時のことを考えると、俺も魂を集めることはできるのだ。新しい魂を取ってくれば、ルースはまた何かアクションを起こすだろう。  そう考えて、再び綺美のいる世界へと戻る。屋敷には寄らず、明るくなった空の下、街中へと足を向けた。  ※ ※  いかな、生活水準が平安時代の様だと言っても、街中に死屍累々となるほど頻繁に人間が死んでいくわけではないのだから、そうそう都合よく『死にゆく者』が見つかるはずはなかった。  その辺にいた人間に道を聞いて大納言の屋敷にも行ってみたが、いまだ物忌み中で他人に会うことができないという。  もう一つ思いついたのは、丹波の姫君の屋敷だった。  あの病気がインフルエンザであるなら、誰かに伝染っていて、死にそうになっている人がいるかもしれない。  これも人に聞くのと記憶を頼りに屋敷まで行ってみたのだが、主を失った屋敷では片付けが始まっていて、そもそも仕えていた人間たちは、もう屋敷にはほとんど残っていないようだった。  思いついた『当て』が外れてしまった失望感から、無意識に口から愚痴がこぼれる。 「くっそ。誰か死にそうなのはいないのか」  近くにあった岩に腰かけ、空を見上げる。  晩秋の空は高く、木々を黄色や赤に染める冷たい風が吹いていた。皆で紅葉を見に行けばきっと楽しいだろう。  綺美は口では不愛想なことばかり言うが、月を見るのが好きなのだから、きっと風流を理解する心の持ち主だろうし、紅葉も好きに違いない。  藤や桐はどうだろう。紅葉を見る桐の姿は、ちょっと想像がつかないな。  播磨とはほとんど交流がない。あのだだっ広い屋敷には、実は四人しか住んでいないようだ。しかもそのうち二人は人外。よくよく考えてみると、ちょっと怖い。  彼女は唯一の女性だろう――ほんとに女性なんだろうな。どうにもすべて疑いたくなる。  ふと、思わぬ可能性を考える。もしかして、だれかの『依代』なんじゃないだろうか。藤か桐か。  話ができるのであれば色々聞きたいことがあったが、彼女は話せないのか、それとも話さないのか。その辺は謎の多い女性だった。  しかし、このまま指をくわえて待っていても、事態が進展するわけじゃない。何かを動かしてみれば、状況が見えてくるかもなのだ。 「何処かに誰か、死にそうな人間はいないかな」  また無意識に言葉が漏れる。  ……  ……  おい、待てよ。俺、何言ってんだろ。  自分の言葉の意味に気付き、俺は背筋が凍るような感じがした。

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