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人間とは②

 ……ってか、俺、何やってんだ。  これじゃまるで、『死にゆく者』を探して徘徊する……『死神』じゃないか。  自分が正常な思考をしているとは思えなかった。  ……人間としての倫理観が無くなってきている?  落ち着いて考えてみた。  ルースに言われてやっていたこと、感じたことだ。 「死にそうな奴はいねぇがあ」と思いながら『死にゆく者』を探して徘徊するのは『異常』だ。  大丈夫。それを『異常』だと感じている。  俺は一つ大きくため息をついた。  それを異常だと思わなくなった時は、自分でそれを自覚することはできないだろう。  まだ大丈夫だ。  でも、果たしてこれからも大丈夫だと言えるのだろうか。  いつか、自分が人間でなくなったことに気が付かなくなる時が来るのだろうか。  まさに、死神だな。  自分のしていることのおぞましさに気付き一気に気持ちが萎えてしまったが、反対にそれからしばらくの間、これからのことを冷静に考えてみることができた。  俺が魂を集めなかったらどうなるのだろう。ルースがゲームに勝てない……そうなのか。  それにしては、ルースは俺を随分と放置している。魂集めが絶対に必要なのであれば、もっと俺をけしかけるんじゃないだろうか。  そもそも、カミアンは人間よりはるかに長生き――というか不死らしい。再生が必要と言っても、それは長いスパンでの話だろう。  今日明日、魂がすぐに必要というわけじゃない。そうそう、そうだよな。  まあ、ルースも魂を集めてるっていうし。  ……なぜ、魂を集めるのか。  ルースは『記憶を保持するため』と言っていたが、フィスはなんか違う話をしていたような。  なんだったっけ。いろいろありすぎて、思い出せない。  まあ、とりあえず、焦らずに。  この世界での生活をしっかりしたものにしよう。あとは、探し回らなくても、魂を集めやすい状況を作る、ということか。  いろいろ考えると落ち着いてきた。  まずはいったん綺美の屋敷に戻ろうか――そう思い、立ち上がる。  随分と時間が経っていたようで、もう日も暮れかかり、辺りがオレンジ色に染まっている。  暗くなる前に戻らなければ、道に迷いそうだ。  少し速足で、屋敷へと戻る道を急ぐ。  と――いきなり、男の叫び声があたりに響いた。  ぎょっとして、声のした方向を見る。しかし雑木林が広がっていて、中は薄暗い。  と、もう一度喚き声が聞こえ、雑木林の中から人が飛び出してきた。 「どうしたんですか――」  そう聞こうとして、言葉を飲み込む。聞く必要もなく、なぜ男が飛び出してきたのかが分かったからだ。  右へ左へ、おぼつかない足取りで逃げようとする男の後ろから、黒い影が飛び出してくる。先を逃げる男はよろよろとしていて、その動きはあまり速くはない。  黒い影は、すぐに男に追いつき、そのまま二人が重なった。 「お、おい、おーい」  その方向へ走り寄る。と、男がそのまま地面へと倒れこんだ。 「何をして」  また言葉を飲み込む。  黒い影――ひどく汚れた厚手の着物を着て、ぼさぼさの頭を振り乱した男が、目をぎらぎらと光らせながら俺のほうを向いた。 「おめぇ、見たな」  しゃがれた声。その顔は狂気の色で染められている。  手には包丁だろうか。こっちは鮮血の色で染められていた。  殺人か強盗か――そのどちらもなのだろう。 「ああ、何のことか。分からないなぁ」  とぼけて見せたが、意味はなかったようだ。  男が俺のほうへと走る。何も叫びもせず、ただ黙って、血まみれの包丁を俺へと突き出した。  走馬灯。人間は死ぬ直前に、様々なことがスローモーションのように頭を駆け巡るという。  まるで、そんな感じだった。  男の包丁は、確かに俺へと突き出されている。いや、突き出そうとしている最中、というべきか。  男の動きがスローモーションのように見える。  どこから包丁を繰り出し、どこを突こうとしているか。その軌道がはっきりと見えているのだ。  それがなぜなのかを考えるより先に、俺はその包丁を避けていた。空振りをする形となった男が勢い余ってよろける。  そして驚いた様子で俺を見た。  髭もボーボーで、顔は泥だらけ。頬骨だけが出っ張っているが、顎や首はずいぶんとやせ細っている。 「まあ、落ち着いて。話せば」  わからなかったらしい。男の包丁が俺へと振り下ろされる。しかしまた今度も、その動きはスローモーションのように見えている。  俺は、その男の包丁を持つ手を取り、勢いを受け流しながら力いっぱいひねった。

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