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セックス 3

身体を重ねる週末を過ごすそのあいだにも アイツはどんどん有名になっていった。 国際大会に大人の選手として出せるのではないか、オリンピックの強化選手にするべきでは? 高校レベルではもう無敵なアイツをさらにデカい場所へという声はもう上がっていたし 複数のスポーツの才能を持つコイツを、1つの競技に縛るべきではない、という声もあがっていた。 巨体で鉄面皮ではあっても、整っていると言える顔。 無機質なんだけど、それがストイック、と言われて、メディア的にも受けていた。 本人はやれることをやっているだけで、自分のしていることにそれ程の興味もないのだとオレに言った。 「他にしたいことも別にないし。先輩と一緒にいる以外何でもどうてもいい」 とも。 アイツには暇潰しなのだそうだ。 「ソレ」だけがあるんだそうだ。 やるべきこと。 それに向かってただ、無心で動いているだけだ、とアイツはいう。 「先輩といない時は僕はただの機械だ」 そうアイツは言った。 成すべきことをただ実行するだけの機械だと。 出来ることだけがあって、したいことなどなにもなかったんだと。 「入学式の日、気付いたら抜け出してたんです。それがなんでなのかわからなかった。今までそんなことした事なかったし。で、なんか囲まれて、絡まられて、急に何もかも終わらせてしまおうと思ったんです。人を殺してしまえば全部終わるかな、と」 なんかとんでもないことをアイツは話してくれた。 互いの身体をたっぷり弄りあった後だった。 オレはアイツの裸の胸に頬をよせて、背中を撫でられながら横になり、その話を聞いていた。 それまでアイツはほとんど自分のことを話さなかった。 話さないのは話すことが無いからだ、とアイツに言われた時の話だ。 ただしてることがあるだけの毎日だと。 「大会だろうと練習だろうと、全部同じなんですよ。僕はたた身体を動かしているだけです。それに周りが勝手に色んな意味をつけてる。優勝とか、勝ちとか、そんなの僕 にはどうでもいい。戦う相手もどうでもいい。一人でただ動いているだけ」 ずっとずっとずっとそうだった、とアイツは言う。 ただ、そう動くべき動きをするだけ、ただ身体を無心に、そうある風に動くだけ。 たった1人で何もない場所で動いている感じだと言う。 動く自分と影だけがある世界。 やるべき動きが存在する。 そして動く。 影を見て自分がどう動いているのかを確認する。 それをするくらいしかすることがない。 それをするくらいしか出来ることがない だからそうしていただけだと。 勝利も歓声も、対戦相手も。 何もないのと同じだったと。 色んな人たちが努力して望んでたどり着く場所は、アイツにはやれることをやった単なる結果でしかなかった。 努力してないとかそういうのではないのはわかる。 それしかないから、それだけのために無心にはなっていたのだから。 それだけしかないからこその無心なのだ。 ただ、その結果なんてアイツにはどうでも良かったのだ。 そして、入学したあの日、ふとなんだか全部終わらせたい気持ちになったのだと言う。 「終わったらどうなるんだろうという好奇心だったんです」 とアイツは言った。 そして、好奇心で自分に絡んできたバカの首を絞めていたのだ。 本当に殺す気だったんだ、と分かってはいたけど、やはり驚く。 アイツには世界は影のようかモノだった。 やるべきことをやる、そんな自分についてくるだけの影。 存在するのは知ってるけどその存在がどうでもいいもの。 それがこの世界。 「だからこの人を殺してしまったら、オレの世界は壊れるのかな、何か変わるのかな、ならどうなるかなって」 アイツはさらりとこわいことを言った。 「でも先輩が来た。初めてだった。僕、柔道してても相手がいるって思ったことないんですよ。殺そうとしていたあの人も、本当に存在するしているのかわからなかったし。でも、先輩は違った」 アイツは笑う。 嬉しそうに笑う。 「両親がいるのも知ってるし、大事にされてるのも知ってるんですが、『いる』って感じたことがないんです。大切な家族だと知ってますが、でも『存在』として感じたこともないんです。すべきことと同じで、大事にしなけれらばならないとは思ってますし、知ってますが」 言葉を選んでアイツは伝えようとした。 実感のない世界で生きてることを。 それはオレの理解を超えていた。 「先輩だけは最初から『いた』」 アイツは笑った。 思い出すだけで嬉しいらしい。 「僕を怒鳴って蹴った」 それが嬉しいらしい。 「どんな対戦相手も家族でさえも、『いる』と思ったことがなかったのに、先輩だけはそこにいて、僕が人を殺すのを止めに来た」 アイツはオレを抱きしめる。 他人の肉体に初めて触れた人のように。 ずっとひとりぼっちだった人間が、やっと人に触れたかのように。 そして、それはコイツにとってそうなのだ。 よく分からないがコイツは試合などの極限状態ですら他人を感じとれない、肉親の存在も感じとれない、そういう状態で生きてきたのだ。 それはどういうことなんだろう。 それの理解すら、オレには難しかった。 コイツはずっと。 1人だった。 他の人間の存在は知ってはいても、現実として感じとることができなかったのだ。 でも、なぜか。 オレだけは突然「存在」としてアイツは認識したのだ。 世界に自分しかいないと思っていた人間が、生まれて初めて他の人間に出会った、ようなものなのだ。 オレに執着するのは仕方ない。 初めてあった人間にすがり付くのも、離れたくないのも仕方ない。 恋してしまうのも仕方ない。 オレはそれが良くわかってなくて。 でもオレもとても寂しかったから、オレのだけのモノであるアイツの存在が。 とても嬉しかったんだ。 オレは分かってなかったんだ。

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