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崩壊 2

本当にたまたまだった。 アニキが通っていたボクシングジムの前を通ったのは。 声をかけられたのもたまたまだった 「 の弟だろ!!」 その人の声を知っていた。 試合会場でアニキに向かってその声は飛んでいた。 指示を出し、叱りつけ、励ましていた。 「一緒に戦ってくれているんだよ」 そう言ってアニキはオレに試合の後で笑った。 アニキのトレーナーでセコンドをしてくれていた人だった。 会うのはアニキの葬式以来だった。 来てくれた数少ない人だった。 元ボクサーらしく、潰れた鼻と何度も腫れたり切れたりして厚くなった瞼。 脂肪と筋肉で固太りした身体。 「辞めたらみんな太るんだ 」 とこの人はオレに笑っていたっけ。 アニキの練習を見に来た時にだった。 「お久しぶりです」 オレはアタマを下げた。 オレは元々柔道していたくらいなので、こんな外見でも礼儀正しい。 「・・・分からなかったよ」 その人も昔のオレとの差に驚いたみたいだった。 オレはアニキに憧れる、格闘技が大好きな真面目な柔道少年だったからな。 まあ、その頃からモテたし、当然顔は良かったけど。 「寄ってくか?」 余計なことを何ひとつ言われず、突然誘われた。 アニキのいた頃、遊びに来た時、たまにパンチを打たせてくれた。 本来部外者にそんなことをさせるのはいけないんだろうけど、会長が本業は別で趣味でやってるようなジムだからその辺は緩かった。 趣味だからこそ、ボクシングには真剣だったけど、格闘技に憧れる少年は金にならなくても、この上もなく優しく扱う人達がいる場所だった。 だからアニキもここで。 ボクシングをすると決めたのだ。 アニキにはここが救いだったのだ。 小さな弟への責任とかそういうのからも逃れられただろうか。 オレはここでアニキが幸せだったと信じたかった。 誘われるまま、ジムに入った。 ジムの匂いがした。 なんだか肌がざわついた、 本能が刺激された。 3分ごとに点滅している電子表示のカウント、3分と30秒ごとになるブザー。 3分を1ラウンドとして、それを基本に練習していくボクサー達。 ロープを跳ぶもの、サンドバッグを打つもの、リングの上でシャドーをするもの、ディフェンス練習するもの。 久しぶりの熱気だった。 柔道をしていた道場を思い出し、アニキを思い出した。 強くなりたかった自分を思い出した。 試合で戦うアニキを思い出した。 立って黙ってそれを見てた。 見ていたつもりだった。 「・・・泣くなよ」 アニキのトレーナーさんが困ったように言った。 「お前、葬式でも泣いてなかったのに・・・」 タオルを渡された。 まだ使ってないから、と。 でも。 まだオレは泣いている自分に気づかなくて。 頬に触れてやっと気づいた。 「アニキは強くなんかなかった!!」 オレは初めてそう言った。 「弱かった!!」 オレは泣く。 その人は困ったようにオレをみて、そう、困っているからその人は優しくて。 そのことがオレに言えなかったことを言わせた。 ずっと言えなかったこと。 「だから自殺なんかしたんだ!!弱いから!!」 オレは言った。 オレはそれが言えなかった。 言えなかったから。 ずっと、全てから逃げていたのだった。

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