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崩壊 7
そうだな、そこからはドラマチックなことは起こらなかった。
アイツは良くわかっていなかったから。
これもアイツの世界の終わりではあったのに。
世界に1人しかいない世界で生きてきた人間にはそれが当たり前だし、それが無くなることの意味も分からない。
それが間違っていると思いもしない。
だからオレよりアイツは淡々としてて。
月曜日、オレと医者に行き、オレがアイツに代わって説明した。
オレの祖父の例を出しながら。
医者は関心を持った。
すぐに脳内の様子が撮られた。
そこからはあっという間だった。
脳にはやはり何かがあって。
長年放置されていた結果、危険な状態だった。
いつ死んでもおかしくはなかったのだと。
柔道なんかしてる場合ではなかったのだと。
アイツが天才でほとんどノーダメージで居られたから良かったのだと。
それがわかって緊急手術が行われることになっていた。
詳しいことはオレは家族じゃないから教えてもらえなかった。
アイツの両親もとんできて、この1年息子が異様に執着している先輩であるオレと初顔合わせすることになったりもしたが、それどころじゃなかった。
緊急手術だし。
手術の前にアイツがオレの名前を呼んで暴れ出したから呼ばれて、落ち着かせるために抱きしめて、言い聞かせた。
「大丈夫だ。これはお前にとっていい事だ」
オレは自分にも、そう言い聞かせてたんだ。
「僕はこのままでいい!!先輩がいればいい!!」
アイツの言葉が狂おしかった。
オレだけの恋人。
オレだけの。
他には誰も要らない、オレを置いていかない、ずっと傍にいてくれる男。
「手術したって、お前は変わらないだろう?」
オレは言った。
そんなの有り得ないとホントは知っていて。
祖父は脳の損傷の影響を受けている間、家族を他人のように憎んだ。
自分を騙している人間のように。
あれ程優しかったのに。
脳は人を変える。
間違いなく。
祖父は家族を取り戻せた。
そして元に戻れたけれど、コイツは俺しかいないと思っている世界がそうじゃないと気付くのだ。
そんなの。
前と同じではいられないのは当たり前だった。
「変わりませんよ!!そんなの!!」
わかってないアイツが。
そう、憤慨する。
「じゃあ、手術してこい。そして、また会おう」
オレは言った。
二人っきりにしてくれてたから、キスした。
ご両親もオレとアイツのことは疑っていたとは思う。
無口で何にも無関心だった息子が、毎週欠かさず先輩の家に泊りに行くし、毎晩電話しているのだから。
見せたことのない笑顔さえみせて。
「先輩・・・抱きたいです、入院なんかしたら先輩にしばらく触れない・・・今でさえ週一回しかさせて貰えてないのに・・・」
アイツが口を尖らす。
手術や入院を嫌がる理由に呆れた。
コイツは世界が変わることを分かってない。
分かってない。
手術が終わればオレじゃなくても誰にだって触れられることも味も、匂いもホンモノになることをわかってない。
「退院したら。沢山しよう」
オレは約束をした。
それが叶えられたらいいな、と思った。
手術が終わって、世界が変わっても。
アイツがオレを求め続けてくれたなら。
でも、オレは。
それはないともわかってた。
「先輩愛してる」
アイツが言った。
その言葉に嘘偽りはなく。
「愛してるよ」
オレの言葉にも嘘はなかった。
そして。
アイツは何度も振り向きながら連れていかれ。
オレとアイツは。
そこから会うことはなかった。
二人だけの世界の崩壊だった
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