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巻き戻し 3
オレは泣いてしまった。
声だけで苦しくて。
押し殺した声が零れてしまう。
電話の向こうのアイツには気持ち悪いだけだと分かってるのに。
「・・・誰なんです?」
無愛想な怪訝そうな声。
オレ以外にはそうだった声は、今はオレにもそうだった。
オレは名前を言った。
震える声で。
覚えてないか?と。
同じ学校にいたんだよ、と。
「もしかして、僕が記憶を無くした頃に知り合った人ですか?」
アイツは勘が良かった。
自分が失った記憶にいた誰かだとすぐに理解した。
そうだ、と答えた。
「・・・・・・」
アイツは黙った。
オレは話を続けられなかった。
どう言えばいいのか、考えて悩んで、オレも黙ってしまった。
でも、電話を切られることはなかった。
沈黙が続く。
それさえ愛おしい。
「会えませんか?」
アイツが沈黙を破って言ってきた。
唐突だった。
「いつがいい?」
オレは胸が痛くて痛くて、たまらなかったが、必死で続けた。
こんな奇跡があるなら。
アイツから会いたいと言ってくれるなら。
どこへだって行く。
何故オレに会おうとしているのかもわからないけれど。
「明日、夜7時、どうですか?」
アイツは言った。
オレたちの学校の近くにある喫茶店を指定された。
アイツとたまに行ったことのある店だ。
本当に同じ学校なのか確かめる意味もあったんだろう。
生徒達は良く利用してたから生徒なら知ってるはずだから。
日曜日にセックスばかりは嫌だとオレがアイツを連れて外へいく。
喫茶店でお茶でもするかと。
カフェではない。
喫茶店、だ。
イマドキないような。
オレはブラックコーヒー。
アイツは意外に甘いもの好きで、パフェを食べてた。
そんなことが思い出されて泣けた。
アイツはとにかく早く部屋に戻って、オレにまた触れたがって、2分でパフェを食べてオレに怒られていたっけ。
挿れていいのは土曜日の夜だけだと怒りもしたっけ。
そんな思いでさえまた泣けてしまう。
「泣いてるんですか?」
アイツの戸惑う声。
オレは何も答えなかった。
何が言える?
今。
全部忘れてた恋人に。
でも。
でも。
「また明日」
そう言って電話を切った。
あの頃みたいに。
オレから切る。
そう決まってた頃みたいに。
オレはただ明日になるのを待った。
時間が経つをただひたすら待った。
それは。
世界が終わる一年後より長く感じられたのだった。
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