71 / 84

誘拐 3

「オレがあんたを脅してもあんたが応じないのはわかってた。だけど、あんたは愛する恋人にオレが危害を与えるのをだまって見てるような男じゃない、だろ?」 ヤクザの目はオレの全てを見通すかのように、オレを映す ああ、コイツは。 本当にオレを見てる。 オレの中まで。 「あんた、オレを殺してだって恋人を守るような男なはずだ。あんたが世界に自分しかないように愛するヤツじゃなきゃ満足できないのは、アンタがそういうヤツだからだ。オレに脅されて、そのまま恋人が酷い目にあうかもしれないのに放っておくはずがない。そんなの許すのはアンタじゃない。そうするのは何か秘密があるんだろ?」 ヤクザの指摘は正しい。 世界が終わらないのなら。 まだ世界がつづいたのなら。 アイツに害をなすとこのヤクザが言うのなら、オレはこのヤクザを殺した、かもしれない。 黙って放っておくという選択肢はなかったはずだ。 有名人であるアイツが同性愛者だということが知れたなら大騒ぎになるのは間違いない。 この国はまだそういう国だ。 オレを忘れたアイツをわざわざそれに巻き込むのが嫌でオレはあいつから去った。 それにオレ以外の男にはアイツは元々興味がなかったし、オレを忘れてるならアイツには関係ない話だった。 オレを忘れてしまっているのに、わざわざトラブルを起こすことはないと思ったからだ。 大体世界が終わらなかったなら、オレはアイツの元へ戻りもしてない。 オレを忘れたなら忘れたままで幸せに。 そう思っていたからだ。 今のあいつはオレとの関係を公表したがってる。 でもオレは嫌だ。 世界が終わるのに世間の理解をもとめる、そんな無駄な時間を使いたくない。 でも、同時にアイツがオレを望んでくれて離れたくない今ならオレたちの関係がバレてどんな大騒ぎが起こってもかまわない。 今ならどうせわずかなあいだのことだ。 世界が終わるまでの。 だが、世界が終わるんじゃないなら、それでアイツに何か、それこそ誰かが危害を加えるというのなら。 オレは何だってしただろう。 オレの愛する男を守るために。 それこそ荒っぽいやり方を選んだかもしれない。 「大体一途で可愛いアンタなら、あの恋人との関係も続けようとはしないはずだ。相手のことを考えて身を引いちゃう系だろ、あんた」 一途で可愛いかは知らないか、まあ、あってる。 実際身を引いていたからな。 「それが何もしないでオレの脅しに黙ってるなんて・・・あんたじゃないな。理由だ。理由があるはずだ。あんたの素敵な世界的に有名な恋人が同性愛者だとバラすと脅されているのを黙って見ているだけの。それに・・・興味を持った。オレは秘密が好きだ。他人の秘密こそがオレの生きる術だからな」 ヤクザはオレの目を覗き込む。 そこに何かがかくされているかのように。 オレは怯えた。 オレの秘密を見つけだされかと思った。 だが、世界が終わるというオレの秘密をさすがにこのヤクザも信じるわけもないし、その秘密はオレから漏れることはない。 言えないのだ。 言いたくても、言えない。 言葉にしようとしても、オレの口からも、文字にすることもできない。 なんどもやってみたけれど。 「秘密というものは・・・価値がある。あんたほどの男が持ってる秘密ならばなおさらだ」 ヤクザはそんなことを知らないから、オレからそれを聞き出そうとするつもりだ。 「あんたが話すまで、オレはあきらめないよ?それに何より、あんたをあきらめるつもりもサラサラない。・・・因果な性癖でね、オレはオレにこれっぽっちも見向きもしない、他の男に夢中なヤツを抱くのが一番好きなんだ。他の男の名前を呼んで泣くのがたまらない。そんな身体を何回もイカせるのが好きなんだ。」 ヤクザの言葉にゾッとした。 ド変態野郎だった。 最低の。 ただのヤクザよりタチが悪すぎる。 ヤクザの引き際がコイツには通用しない。 見誤っていた。 「ああ、そんな。無理やりなんかしないよ。オレはあんたが本当に大好きなんだから。あんたが泣きながら嫌がりながらでも、自分から抱いてくれと言わないかぎりはそんなことはしない。あんたにひどいことなんかするものか。あんたの恋人にはするかもしれないけどね」 脅してくる。 アイツに何かあったらゆるさない。 そう、世界が終わるまでは。 ゆるさない。 でも。 オレは今身動きとれない。 くそっ!!

ともだちにシェアしよう!