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誘拐 5

オレは部屋に一人残された。 ヤクザはオレが弱るのを待つつもりだ。 弱ったらおかずつもりだ。 クスリを使って。 もちろん、それを待つつもりはなかった。 さて、と。 オレは脱出することにした。 まずは縛られている手足をなんとかしないと。 手足は粘着テープで縛られていた。 ダクトテープだ。 強度が強いガムテープみたいなもんだ。 ので、オレの店にも車の応急処置に使えるように置いてある。 事故で壊れた客の車のドアをとりあえず貼り付けたり、バンパーをとりあえずくっつけたりするのにつかう。 確かにこれは強度が強いので、人間の腕力では切れない。 ロープで縛らないのは、意外とロープで縛るのは難しいからだろう。 ちゃんとロープを扱えないと、ロープというモノは結構、解けてしまうものなのだ。 オレは子供の頃、父親からロープの結び方を習ったから知ってる。 父親は山とか海とかでのアウトドアとかサバイバル系が好きな人だった そう、ロープちゃんと結ばないと解けるものだ。 だからこそ結べなくても拘束できるダクトテープにしてるんだろう。 テープに結び方はいらない。 解く必要がないから解けない。 誰がやっても大丈夫。 さすがプロだな。 感心した。 素人が結んだロープだったら色々工夫して解いたんだが。 普通ならこれはなかなか解けない。 だが、オレは違う。 何故ならオレはロープだけじゃなく、ダクトテープも取り扱ってきたからだ。 ダクトテープはとても丈夫だ。 だが、ガムテープなどと同じように手で千切れる。 だって、手で千切って使うもんなんだ。 それこそガムテープと同じように。 もちろん、とても丈夫だ。 どんなにオレがこのテープを力の限り引きちぎろうとしても切れないだろう。 オレのアイツなら知らないけど。 アイツならやれる。 鉄のドアを歪ます男だからな。 だがオレには無理だ。 ボクサーは別にそこまで力持ちってわけじゃない。 力で撃つパンチは効かないからな。 だから引きちぎることはできない。 が、このテープを切ることはできる。 何故ならば繊維が入ったこのテープはある一定の方向にのみ裂けるようになってるからだ。 手で切るために。 力まかせじゃない方法ならいける。 多分。 オレはまず、手首を動かしていく。 ぴっちり手首を合わせて縛っているわけではないから、手首を動かしていけば緩みができる。 だがもちろんこれで抜けるはずがない。 さて、ここからだ。 手首にできた隙間を利用して、手首と肘を外側に開く。 身体の前方で手を縛られていたのは良かった。 背面だと力が入りにくい。 オレは自分の胴体に手首のテープが当たるように、肘を広げたまま思いきり叩きつけていく。 そう、テープの千切れる方向に衝撃を与えてやるんだ。 この方向にのみ、このテープは弱い。 ビリっ 音がした。 ほら、な。 切れ目が入れば後は早い。 オレの手首は自由になる。 脚のテープを取るのは簡単だ。 さて、とオレは自由になった。 逃げ出すとしよう。 部屋をみまわす。 あのヤクザ個人のマンションなのだろう。 ベッドのあるシンプルな部屋だった。 そして大きな窓があった。 カーテンが閉まっている。 ベランダがある感じの窓だ。 手足を縛って安心していたのだろう。 窓を塞いだりはしてなかった。 イける。 そう思った。 窓のカーテンを少し開けて外をのぞくと、やはりベランダがあり、その先から街の景色が綺麗に見えた。 眠らされている間に夜明けがきていた。 割と高い階にいるな、と思った。 10階くらい? だが躊躇はしない。 オレは迷わずベランダに出て、ベランダのフェンスから下を見下ろした。 目眩がするほど高かった。 が、オレは迷わずフェンスをのりこえた。

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