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第1話-5

伊織の一歩後ろ。 人の前を歩くことを嫌う祢音。 何故か物心が付いた時から、そういう思いがある。 年上や目上の人とは対等では無いのは明らかだから、自分がどうしても一歩引いてしまう。 「少し、僕の隣に来て話しませんか?」 伊織が止まると釣られて止まる祢音。 「立場的には僕の方が下だから、そんなに謙遜しなくても大丈夫ですよ」 「え、でも…」 「祢音くんと目を見て話たいなって、ダメかな?」 顔色を伺うように覗き込んでみると、視線を少し外される。 優しくされると、それに従ってしまう性格の祢音は、伊織の隣に並ぶ。 足取りを合わせるように、歩きながら話を進めることになった。 他愛もない話は、お互いがリラックス出来て会話も弾む。 この月城家に来てから10年、祢音の笑顔は殆ど見たことがない伊織は疑問になり、そのことを本人に直接話してみようと思った矢先、奏の部屋の前に到着してしまった。 これについては、多分上手く(あしら)われてしまうのだろうと薄々感じてはいたが、聞けるチャンスは無くなった。 また何か二人になることがあれば、不快な思いをしない程度に聞いてみようと思うことにした。 「先程、奏様は地下に行っていたので祢音くんを呼びに行くのが遅くなりましたが、もう既に部屋には居ると思うので」 「はい。ありがとうございます」 「では」 伊織が去って行くのと同時に、奏の部屋の扉をノックする。 微かに聞こえる『中に入って良い』と言う声の元、失礼しますと軽く挨拶をして奏の部屋へと導かれるように入って行った祢音。 その後ろ姿を確認した伊織は、何とも言えない感情をグッと堪えながら自室へと戻る。 〈数日前の夜〉 「そろそろ、祢音に自分の立場と言う物を教える時期が来た。お前はどう思う?」 いきなり呼び出されたかと思ったら、更に急過ぎる問いになんて返事をしたら良いのか戸惑った。 思春期のうちに…とは、前から言ってはいた事だけれど、いざ本当に時期が来ると何とも言えなくなる。 これは祢音にとって良い方向に行くのか、その立場に苛まれて、最悪の場合、病んで何を為出(しで)かすか分からないし、そうなれば奏も祢音を逃すまいと、あの仄暗い地下牢に追いやるに違いない。 あそこは『人間』が生活する場所ではないと、行ったら実感する陰湿な空間。彼らだから、苦もなく生活出来ているが、ただの一人の人間が同じように毎日を過ごしていくなんて無理だ。 「ちょっと言い難いのですが…もう少し待っても良いのではと」 「待つ?!何故?」 「祢音くんは繊細な子です。いきなり言って、凄く動揺してしまうのでは」 「動揺?そんな訳は無いだろう。本人も、そろそろ分かってきているとは思うが」 【性奴隷の末裔】 施設から養子に入る際、奏から簡単に伝えてられてはいたが、(ようや)く末裔のことを詳しく聞くことが出来た。 祢音の祖先は、吸血鬼の性奴隷をしていた人間だったと言うこと。 その人物はこれ以上、子孫に自分のような辛い目に遭わせたくないと、途中で屋敷を出て身を隠すように生活していたようだった。 吸血鬼は人間の何倍も生きるため、奏の親だったのではないかと伊織は予測した。 「いつ…話を、するんですか?」 何も知らない、ただの高校生に本当のことを伝えるのは悪い事ではないし、自分にとっては関係の無いことだけれど。 似たような境遇で育った祢音に、歳の離れた弟みたいな感覚だから、余計に心配になってしまったのだ。 「そうだな。私が話したくなったら、直接部屋へ呼んで伝える」 「そうですか」 これ以上、雇われてる身分のために伊織は何も言うことが出来なかった。

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