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第1話-6
「奏様、遅くなりました」
「適当に座ってくれ」
「はい」
簡単な受け答えをして、中へ入るなりいつも座るソファへと腰掛ける。
洗礼された部屋は、モノトーンで統一され無駄な装飾が一切無い。
ゲストルームやダイニングと違って、落ち着いた雰囲気になれる場所。それが奏の部屋。
「あの…話って、何ですか?」
「まぁ、とりあえずこの部屋でゆっくりするといい。それとも、このあと何か用事でもあるのか?」
「いえ、別に…」
暫く続く沈黙。
落ち着いた雰囲気になれるのは良いが、いつもと違う静けさの中にある、緊張感と張り詰めた空気。
なんだろう、この感覚…
変に身構えて、奏に不快を与えるのも良くないと察した祢音は、咄嗟に自分から話を切り出す。
「奏様?」
「あぁ、悪い。少し考え事をしていた」
考え事?奏様が?
何かあったのだろうか。こんなにも悩んでいるのは、珍しい。
いつも話は簡素に的確に、短時間で済ますことが当たり前なのに……
今日はどうしたと言うのだろう。
「地下牢の存在は知っているな?」
「はい。あそこには近寄ってはいけないと思ってて…でも、場所だけは大体分かります」
「行ってみるか?」
「え?」
本当ですか?と思わず聞き返したくなる。
あの地下牢に行ける日が、まさかこんなタイミングで来るとは思わなかった。
奏が嘘を付くなんて有り得ないから、ここはその話に乗るしかないと直感が働く。
ずっと気になってた、あの人気の無い地下牢に行けるとは…
この邸宅では皆、その存在を知ってはいるが、恐らく行ったことがあるのは主と秘書のみで、出入りする人物からの話は聞いたことがない。
何かを隠してあるのか、口外してはいけない何かがあるのか、分からないことだらけ。
月城奏と言う人物が、周りに与えている影響力などを考えると地下牢 に興味が沸かない人は居ないだろう。
部屋へ入ってから数分で、このような状態になるとは思っていなかった祢音は、奏に促されながら後を追うように地下牢へと向かうことになった。
いつも歩いている長い廊下が、不思議と別角度のように見え始める。
外が暗くなってきているせいか、少し先の正面にある窓枠が歪んで硝子面から暗闇に手招きされているようにも見えるし、奏と共にそのまま吸い込まれてしまうのではないかとも思えた。
突き当りを左に曲がる。その先へは一歩も踏み入れたことのない世界に、心臓の音が煩くなっていくのが分かった。
ゴクっと生唾を飲む音。
革靴のコツコツと言う音。
呼吸をする音。
何でも聞こえてしまうくらいの静寂。
「さぁ、ここだ」
「ここ…?」
「きっとお前を迎え入れてくれると思うから、仲良くしてくれ」
主人によって開けられる扉。
その重い扉の向こうに待ち受けている衝撃と、自分の存在価値に祢音が打ち砕かれそうになるのは、そう遠くない。
ゆっくりと確実に、従者と言う名の奴隷になるまでのカウントダウンが始まる。
動き出した歯車は既に後戻り出来ない所まで来た。
「二人とも。前から話していた祢音を連れてきたぞ」
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