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第3話-2
朝食を終えると、暫くして伊織が袮音の部屋へとやって来た。
「奏様の準備が整いました。袮音くん、支度は出来ていますか?」
部屋の外から声掛けをすると、中から[今行きまーす]と明らかに声のトーンが上がっていて、ドライブを楽しみにしているんだと言うような返事がきた。
数分後、袮音が部屋から出て来ると伊織はいつもの雰囲気とは違う彼に少し驚く。
「あれ?いつもと服装が違いますね」
「奏様と2人なので、道中寄り道してもし車を降りた時に釣り合うような格好の方が良いかなぁ?と思って…大丈夫ですかね?」
心配そうな袮音の言葉に、とても似合っていることを告げると含羞 むように笑った。
今まで、月城家 に来てから少なくとも、こんな笑い方を見たことがなかった伊織は、奴隷以前にこの子は自分と同じ普通の人間なんだと思い知る。
レッテルを貼られているだけな気もするが、奏は間違えを言うはずも無く、今後の人生の行く末に光は差すのだろうかと憐れみを思う。
「さ、奏様が庭先で待っていますよ。いってらっしゃい」
「はい!いってきます、伊織さん」
ヒラヒラと手を振り、小走りで向かう先は主人の元。
良い表情の袮音を目の前にすると、どうしても卑しい考えになってしまうのは、もう癖なのか…それとも、過去の自分を重ねてしまうのか…
「お待たせしましたっ」
ハッ、ハッと息を切らせて走ってきた袮音の姿を見て、運転席の窓を開け顔を覗かせる。
手で助手席に乗れと合図を出すと、反対側のドアを開け[お邪魔します]と相手に聞こえる程度の言葉を掛け、乗車した。
「さて。何処に行こうか。ん?服装がいつもよりお洒落な気もする」
「えっと…車から降りて奏様の横を歩いた時、変な格好は出来ないと思って」
「へぇ、そんなことを考えてたのか?」
ドライブ=デートでは無いと分かっていても、誘ってもらったことが嬉しくて気分が高揚してしまった結果、2人で出掛けると言うことに強く反応して服装も変えてみた。
ダメでしたか?と言う質問に、奏は特に否定することも無く車を走らせた。
いつもは、伊織が運転をして奏と袮音は後部座席に座っているのが当たり前の光景だったのに、今日は奏が運転、袮音が助手席と言う珍しい位置関係。
滅多に見ることの出来ない奏の運転姿に見惚れてしまうくらい様になっていて、運転技術やハンドルを握る手、姿勢まで全てが格好良かった。
車を走らせ10分程。特に目的地を定めている訳でも無いため、気の赴くまま道が続く限り走っている。
すると、袮音からこんな誘い文句が言われた。
「折角なので、海とか…行きませんか?まだ夏では無いですけど、人の少ない海って静かだし良いかなーって」
「あぁ、そうするか」
街中を走っていたが、途中で高速に乗り目指すは海岸。
多少時間が掛かるのはお互い分かっていたことだったので、カーラジオを流しながら他愛の無い話をし、道中はリラックスタイムになっていた。
「そろそろだな。この海岸沿いを走ると、確か海が近くに見える所まで行くはずだ」
「そうなんですね?!奏様は何でも知ってるんですね、尊敬します」
車窓を半分ほど開けると、海に来たと言うことが瞬時に分かる、潮風の独特な匂いが鼻を掠める。
木々の緑と海の青、アスファルトの黒とガードレールの白。
車の中から眺めるそれは、キャンバスアートそのもので、切り取った一枚の絵すら感じられた。
目的地まであと少し。
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