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第3話-3
視線の先に広がる青い海。
ここは、少し都会の騒然から離れた場所。
奏が日常でストレスが溜まった時や、1人になりたい時に海 へ訪れると本人が袮音に話をした。
まだ海岸は肌寒い時期。ほぼ人の気配が無く、のんびりと時間が流れているようだった。
車を降りて砂浜まで2人で歩いて行くと、気持ちいい海風が肌に当たる。
「やっぱりまだ人が居ないですね。でも落ち着いた雰囲気で僕は好きです」
「あぁ。ここに来ると、都会がどれだけ騒音なのかが分かる」
「ですね」
慣れない砂浜をゆっくりと歩いて行く。砂を踏んでいくシャリシャリと言う音が、静かな海ではよく響く。
時折、強く吹く風に目を覆う仕草を袮音がすると、すかさず奏が海からの潮風を遮るようにして横に並んだ。
「潮風は髪や肌を痛めるから、帰ったらちゃんとシャワーを浴びるようにな」
「はい。奏様も、ですよ?」
奏の前に来て、上目遣いでまるで女の子のような言い方をした。
自然とやったことが奏を煽る行動になるとは、本人も思っていなかったこと。
(全く…知らない間に男を誘惑する仕草を覚えたか。困ったものだ。奴隷は飼い犬のようにしっかりと躾ておかないとな)
急に隣に合わせて歩いていた主人の姿が無くなる。
不思議に感じた袮音が後ろを振り向くと、2〜3メートル離れた所にその場に立っている奏がいた。
手を振り、こっちに来いとばかりに手招きをする飼い犬にクスりと笑みが零れた。
そんな思いとは微塵も知らずに、デート感覚に陥ってる袮音は少し浮かれた気分になっていた。
少し前までは、ドライブ=デートは違うと分かっていたのだが、この場所といつもより優しい奏に脳が良い方向に転換されていったのはいつのことだったか…
「すみません、僕歩くの早かったですか?!」
奏に走り寄って行くと砂に足が縺 れ、転倒してしまう。
膝から着いてしまったが、幸い砂だったのでこれといって傷は出来ず助かった。
「大丈夫か?あぁ、砂だらけだな」
「あ、だ、大丈夫です!ごめんなさい、奏様の手が汚れるっ」
パッパッと膝に付いた砂を払ってやると、申し訳無さそうに袮音が謝る。
大したことは無いと奏は膝以外にも砂が付いていそうな部分を手で払ってると、何度も謝ってくる姿が愛おしい。
それは袮音を介して飼い犬を見ている主人の立場であって、袮音そのものを見てはいなかった。
吸血鬼の世界では番にならない限り、頂点に君臨するαと、底辺で甘い蜜を啜ることもなく野垂れ死にするΩもいる。
悲しい世界と言えば、それで終わる。
人間より第2の性のヒエラルキーは厳しい物で、【運命の番】でなければΩがαと対等になることは殆ど無い。
特に袮音は性奴隷と言う立場から、奏は優しく扱うことすら出来ない上に、上位ランクのαと言うプライドもある。
「帰るか。転んだせいでズボンも汚れたしな」
「え?まだ来てからそんなに経ってないのに…」
シュンとする飼い犬を横目で見ながら、ドライブがてらに寄っただけと一蹴するが、さすがに自分から誘っておいていくらなんでもそれは無いだろうと思った奏。
帰り道は少し遠回りして、どんな反応をするのか見てみたい。
「ほら、車に戻るぞ」
「…はい」
悪戯心が芽生えるなんて笑える。
そう思いつつ、静寂に包まれた海を後目 に停めた車へと足を運んだ。
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