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第5話

 ――ところで勇者は、いつまで力を戻す方法を探しているのだろう。  勇者の動きが止まっていることに魔王が気付いたのは、その時だった。  勇者は自身で作成したというその魔術書を見下ろして、ヒクヒクと顔を引きつらせていた。ページは動かない。ともなれば、開いたそこに魔力を戻す方法が記されていることは明らかである。 「おい勇者。何をしている」 「……こ、これはまずい……どうする……」 「なんだ? 早く力を返せ」 「いや、やめよう。ふふふ、仕方がない。稀代の天才のこの僕が、ほかの方法を探すとしよう」 「すでに方法があるのにどうして探すんだ。さっさとしろ」 「ば、ばか待て! こら返せ!」  勇者の手からひょいと魔術書を奪い取ると、身長の高い魔王は上に掲げて、勇者の手の届かないところでそのページを眺める。 「ばか! 読むな!」  力を戻す方法:性行為のみ。  その文字がしっかりと見えて、魔王も険しい顔をして固まった。魔王を見て察したのか、勇者も慌てたようにわたわたと両手を忙しなく動かす。 「それはお前への嫌がらせのようなものでだな! こうしておけばお前は力を返せと言わないだろうと思って!」 「貴様はどうしてひと呼吸おいて考えるということができないんだ! 深夜テンションで何もかもを決めるな!」 「なぜ深夜に決めたと分かったんだ!? と、というかお互いのためにもほかの方法を探そう! もちろん賛成だろ!?」 「当然だ! 誰が貴様と……」  魔王がジロリと強く睨むと、勇者もぐっと唇を尖らせた。  勇者からすれば完璧な作戦だった。本当に魔王の力を奪えたとして、取り戻す方法が性行為しかなければ魔王は絶対にそれを選ばないだろうと確信していたからである。  勇者は魔王とはライバルのつもりだ。実際、魔王にはお子様の戯れとしか思われていなくとも、勇者にとってはライバルなのだ。だから今回こそはと、毎度のごとく勝ちに行った。それが裏目に出るなんて、誰が予想できただろう。 「はぁ……本当に、貴様に関わればろくなことがない」  言いながら、魔王は唐突に片腕を腕を伸ばした。そうして、遠くまで響く指笛を吹く。いったい何をしているのかと勇者が見守っていると、やがて空から真っ黒で巨大な鳥が急降下してきた。  遠くに見ていた分には気にならなかった。しかし近づくにつれて、その大きさが明らかになる。 「ぎ、ぎゃああ! でかい!」 「相変わらず騒がしいな」  普通の鳥の大きさではない。真っ黒なそれは魔王の手に乗るにはあまりにも巨大で、人さえ食えるのではないかと思えてしまう。 「重そう!」 「俺様は魔王だぞ」  宣言どおり、魔王は鳥を腕に乗せても涼しい顔をしていた。 『呼んだか、我が王よ』 「しゃべった!」 『む?』  口を動かすこともなく話し始めたその鳥は、勇者に気付いてそちらに振り向く。そうして動きを止めると、じっくりと何かを確認するように勇者を見ていた。 『我が王、いつ嫁を娶ったのだ?』 「よ、嫁ではない! 馬鹿を言うな!」 『照れずとも良い。この人間からは、我が王と同じ気配がするぞ』  魔王が鳥にからかわれている間も、勇者は鳥が話すということに戦々恐々としているのか驚愕に顔を歪めていた。そんな勇者を見て、鳥は楽しそうに笑う。 『なかなか愛らしい人間ではないか。人の子よ、我のことはユーグレイア様と呼ぶが良い』 「ユーグレイアは俺様の使い魔だ。挨拶しろ」 「お前もそいつも無駄に偉そうだな……僕は勇者だ。そう呼べ」 「貴様も偉そうだぞ」  どこか警戒した様子を見せる勇者は、やや魔王の背後に隠れながらもユーグレイアを睨みつけた。

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