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第6話
『それで、我が王よ。我を呼んだのは嫁の紹介か』
「違う。何度も言うが嫁ではない。貴様は俺様の気配がするからとそう思ったようだがな、これはこいつの阿呆な策が失敗してこうなったんだ」
「失敗ではないぞ、途中で邪魔が入ったから中途半端になっただけだ」
『ふむ。聞こう』
そうして魔王は、これまでのことをすべてユーグレイアに伝えた。力が半分になったことから、ここに飛ばされた経緯も、現在人間界で起きているという「魔王と勇者の共謀説」までをも話して、ようやく本題へと移る。
「ひとまず人間界の混乱をおさめるために力を戻したい。しかしこいつは俺様が力を戻さないようにと、戻す術として性行為しか手段を用意しなかったらしい」
『すれば良いのではないか?』
「馬鹿を言うな、なぜ俺様が勇者となんぞ」
「僕だってお断りだぞ」
『ほうほう。して、何故我を呼んだ?』
「……先代なら戻せるのではないかと思ってな」
『なるほど、繋ごう』
ユーグレイアが、目を閉じてピタリと止まった。勇者は何が起きているのかとその様子を黙って見守っている。少し経つと、ユーグレイアの瞳がカッと見開いた。それには勇者も「わあ!」と叫んでとうとう魔王の背後に隠れた。
『がははは! 事情は聞いたぞアンセル! 貴様ともあろうものがそのような失態を犯すとはなあ!』
ユーグレイアの口がかぱっと開いたかと思えば、聞こえてきたのはけたたましく太い声である。それにさらに身を縮こまらせた勇者は、自身の苦手なタイプを前に背に腹を変えられず、そのまま魔王の背後に潜む。
「だ、誰だこの人?」
「先代の魔王で、魔王職にも飽きたからと俺様に面倒ごとを押し付けて隠居しているジジイだ」
『誰がジジイか若造が。……しかしまあ、残念ながらわしにもどうにもできそうにない』
「では詳しい者を知らないか。そこに向かいたい」
『ふむ? そのようなことをせずとも、さっさと突っ込んでしまえば良いものを』
「何をどこに突っ込むんだ、僕は絶対に嫌だぞ!」
「やかましい、俺様も嫌に決まっているだろうが」
『ぶふっ、フラれたかアンセル。仕方がない、教えてやろう』
「どこをどう見てこの俺様がフラれたんだ……」
あっちもこっちも話が通じないために、魔王もいいかげんうんざりとしてきた。ようやく調子が戻ってきたと言ってもいい。あるいは、勇者相手に全力で対応すると疲れることを改めて思い出した、というのが正しいのか。とにかく魔王はいつものように難しい表情を浮かべて、ため息をついていた。
『おぬしらがおるそこから東に行け。その山を抜けて街に出向き、また山に入れば、わしの旧友で奇怪なことに対応しなれている者が暮らしておるだろう』
「その者ならなおせるか」
『分からん。しかし、わしが思いつく限りではその者しか解決できるとは思えん。……そうだ、必ず手土産にしっとり系の高級菓子をいくつか持っていけ。あやつは気難しいからな、それさえ持っていけばイチコロだろうよ』
それだけを言い残して、一方的に話は終わった。ユーグレイアが口と目を閉じたために、もう繋がってはいないのだろう。次に目を開けると、ユーグレイアは用は済んだと言わんばかりに大きく羽ばたいて、突風を起こしてそこから飛び立った。
数枚の羽が降る。勇者と魔王はそれを見上げて、ほんの少しの間を置いた。
「そうだ、街まで僕の転移魔術で行こう。そうすれば時間短縮だ」
ハッと我に返った勇者が、そそくさと魔術書を取り出す。そうして慣れた手つきで該当のページを開くのだが、勇者の周りには魔法陣は光らなかった。
「……あれ、あれ?」
「貴様が俺様と同じになったのなら、精霊は味方しないだろう。当然の結果だ。魔力を得た者に、魔術は使えない」
魔王の言葉を聞いて、勇者の顔が強張った。
勇者は天才ではあるが、多少極端だ。自身の目的には従順であるし手段も選ばない強さは評価できても、その後のことまでを見通さないのは難ありである。
今回は不測の事態が起きて、半分しか力を得られなかったために余計に粗が目立つ。魔力も中途半端であるのに、魔術が使えないのだからなかなか不便なものだ。
「ひとまず、街に向かおう。絶対に俺様から離れるなよ、貴様はトラブルメーカーだ。自覚して動け」
「分かっているさ。ふふふ、僕は転んでもただでは起きない。魔術が使えないなら、魔法をうまく使える魔法陣を見つけ出せば良いだけのことだ」
「本当に貴様は懲りないやつだな」
魔王はやっぱりげんなりとして、重たい一歩を踏み出した。
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