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第7話
「そういえば、貴様が見た時には人間界はどうなっていたんだ?」
少し進んだ頃、気になったのか振り返らないままで魔王が問いかける。
深い意味はない。魔王はただ、「大変だった」としか言われなかった人間界の様子が、なんとなく気になっただけである。
しかし勇者はどう思ったのか、顎に手を置いて深く考えるような素振りを見せると、むむっと眉を寄せてしまった。
「……そもそも僕はお前の元に訪れる前、ユリアスとガイルと一緒に居たんだ」
「剣豪と大賢者か」
「だけどそこに子どもたちが押しかけてきた。僕は子どもが苦手なんだ。だからちょうど魔力を移す魔法陣を見つけ出していた僕は、暇もあったしお前のところに転移した」
「暇つぶしみたく言いおって。そんな理由で俺様を煩わせたのか」
「僕は基本的に転移術式を組む時には複数のピンを用意している。そしてそこに通じるようにとそれぞれの魔法陣を用意しているんだが……一つは家族たち、一つは王、一つはユリアスやガイル、そして最後がお前のところだ」
いつの間にそんなピンを立てられていたのか、魔王は反射的に周囲を見渡したが、当然ながらそんなものは目に見えない。
「戻る時には一応、それまでガイルやユリアスのところに居たのだしと思って、二人のところに転移した。つまり、王城のど真ん中だ。そこに現れた僕を見た二人は、すぐに僕を掴んで『どういうことだ』と詰め寄った。衛兵には剣を向けられた」
ちなみに子どもたちは居なかった、と、勇者はどうでも良いようなことを付け足す。
「ガイルたちから聞かれたことを繋ぎ合わせれば、僕とお前が共謀して世界を征服しようとしている噂が立っているということだった。制御がきかなくなった一部の魔族たちが突然暴れ出したタイミングで僕が魔王の元に向かっていたから疑われたということだな」
「……貴様の人望のなさはどうにかならんのか」
「僕の人望? そんな生温い話じゃない。僕と魔王が共謀していると疑われるにしても、噂を真実と確定して出回るそのスピード感が尋常じゃないだろう。僕が戻ったのは、ここに来てすぐのことだった。それなのに僕が城に行った頃には、僕が魔王と共謀しているとほとんど全員が信じこんでいた。まるで準備でもされていたかのような早さだ」
そんな手際でコトが運ぶほどに、勇者の人望が無いことには変わりないのだろう。
しかし、改めて言われてみれば確かにおかしな話である。
勇者が王城に戻ったのは、ここに飛ばされてからわりとすぐだった。それこそ精霊が勇者に魔力が宿ったことにも気付かないうちで、まだ勇者に助力したほどである。
その短い間に城中の人間が勇者のことを疑うとは……計画的な犯行であると疑うべきなのは違いないだろう。
「僕が邪魔だったのか、お前が邪魔だったのか……どちらにせよ、あんなに巨大な魔法陣を作れたんだ。きっと普通の人間じゃない」
珍しく真面目に考えているのか、勇者が悩ましげに眉をひそめる。
「いつもそれだけ慎重でいてくれるとありがたいんだがな。どうして俺様を相手にすると貴様は途端に深夜テンションで何もかもを進めようとするんだ」
「何かがあっても、お前ならどうにか出来るだろ?」
ガサガサと山道を進む中、他意のない言葉が背後から魔王にかけられた。それにぐっと魔王が強張る。しかし歩みは止めることなく、足はかろうじて動いていた。
――その言葉にどれほどの信頼があるのか、勇者には分かっているのだろうか。
魔王がちらりと横目に振り返る。少しだけ下に見える勇者はキョトンとしていて、自身がどんなことを言ったのか、意味をあまり理解していないらしい。
無自覚であることの方が、この場合は悪に思えた。
「……本当に、貴様は……」
「なんだ?」
「…………いいや、なんでも」
勇者は何も考えていない。どうせ魔王が「最強」だから、自身が何かを起こしても尻拭いをしてくれると分かっている。しかしまさかそれほどまでに信頼を得ているとは思ってもいなくて、不意を突かれた魔王は口ごもった。
天才だが馬鹿で抜けているという勇者の印象に、たった今「天然」までもが付け加えられた。
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