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第8話
「……犯人探しは後回しだな。今はひとまず先代の知人の元に急ごう」
「同意だが、魔王。ちょっと薄暗くなってきた。宿を見つけないか」
勇者が空を仰ぐと、すでに赤くなり始めているのが分かった。魔王もその視線を追いかけて、ふと気付く。
空が赤い。それは、魔界には無い色だ。
「……ここは人間界か」
「ん? あ、そういえば……」
「なるほどな。もしかしたら犯人は、俺様を魔界から引き離したかったのかもしれんな」
そうなると勇者は巻き込まれただけにも思えるが、王城に戻った際の勇者への対応を考えれば二人まとめて嵌められたのだと分かる。
勇者と魔王が邪魔だった。それの理由は、何なのか。
「魔王?」
「ああ、いや。……このあたりに宿があると思うか? 山だぞ」
魔王の言葉に周囲を見た勇者は「分かっている」と渋い顔をする。
「魔族のお前と違って、人間で繊細な僕は宿を所望するというだけだ。知らないのか? ここが人間界であるのならば、尖った植物が多く見られるこの区域は夜になれば気温が氷点下を記録する。眠れば一発で死ぬんだぞ」
「そんな情報は知るか。それに貴様は今魔法が使えるだろう。うまく対応しろ」
「ふん、当然だ。僕はすぐに対応してみせるさ。だけど今の今は無理だ。発生条件が掴めない。法則的なものがあるのかも分からないから、こればかりはコツを掴むのが一番早いんだろうな」
「魔法に条件もクソもない。……仕方がないな。今日のところは俺様がどうにかしてやろう」
「ぐっ……」
唸るような声を上げたが、勇者は拒否の言葉を口にはしなかった。素直ではない彼のことだ。きっと魔王にものを頼むなんてことも出来ず、遠回しにしか言えなかったのだろう。
「魔術の天才も、それを失えば形無しだな」
小馬鹿にするように、魔王がふふんと鼻を鳴らす。するとすぐに気に食わなさそうに眉を揺らした勇者が、魔王が進もうとしていた獣道を指さした。
「お前が今進もうとしているそこにある紫の草は毒草だ。とある病の薬として使われることがほとんどだが、魔族を大人しくさせるためにも使用されることがある。……触れるだけでは何もないぞ、ただ、数時間後の保障はできないがな」
勇者の発言に、魔王は足を止めた。
「この山は氷点下まで気温が下がると言ったが、それの理由は実はここに魔族が多く潜んでいるからとされている。魔族は薄暗くて寒いところが好きなんだろう? 人間界の空は変わらないから、彼らはせめて夜だけでもこの住処を自分たちの好きな世界に変えることを望んだんだ」
「……ほお?」
「ふふふ、驚いたか魔王! 僕は魔術だけじゃない、些細なことでもよく知っているんだ! しかしたった一つだけ向いていないことがある、それはサバイバルだ。……お前は人間界に詳しくない。そこは僕が担ってやる。だからお前は僕のことを全力で守れ。美しく聡明な僕に傷をつけないように尽力しろ」
美しい美しいと、本当にそんなことばかりは饒舌になる口である。そんな勇者をじっと見ていた魔王は一つ間を置くと、すぐに嫌そうな表情で口を開いた。
「仕方がない、乗ってやる」
魔王が人間界に無知なのは本当のことである。今は張り合うよりも協力しあうことのほうが合理的だと、認めたくはないが認めざるを得なかったからだった。
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