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第9話

 ――それにしても、勇者は負けず嫌いだ。天才だと自負しているからこそ余計に負けたくないという念が強く、何をしてでも絶対に魔法をものにしてやると躍起になっていた。そのため少しも気を抜くことなく、道中でも魔法の練習を始めた。  少し力を入れれば使える。だけどもちろん、何も起きないこともある。発生条件はなにか。これをうまく使いこなせば、魔法陣を使ってさらに強化できるのではないか。そんなことを考えながら、たまに魔王にそれとなくコツを聞いて、数時間が経つ頃にはなんとなく使えるくらいのレベルにはなれた。 「それに触れるなよ」  そう言って魔王の前に垂れたツタを触らずに退かせるということも、当たり前のようにおこなえるほどである。 「……さすが、慣れるのが早いな」 「そう褒めるなよ、僕は天才なんだ。当然の結果だろ?」 「本当に腹の立つ奴だな……」  そしてそれを否定できないということが、何よりも腹立たしい。 「……まったく。貴様と居ると、目まぐるしくて落ち着く間もない」  ――だけど、助かっているというのもまた事実である。  一人でいるとろくなことを考えない。無駄なことばかりを思い出す。しかし勇者が近くに居て騒がしい時間だけは、魔王はいつもどおりで居られるのだ。  ある意味、魔王にとっては良い出会いだったのかもしれない。認めたくはないし、認めるつもりもないのだが、救われているのは事実である。 「そういえば魔王、」  ふと、勇者が気になったことを言葉にしようとした時だった。  近くの草が揺れたかと思えば、二人の前に小人が飛び出してきた。 「大変だ! 大変だ!」  二頭身の低身長にとんがり帽子をかぶって、大きな鼻が特徴的だった。しかし勇者と魔王は慌てることもない。小人族は妖精の類で、山に多く暮らしているのは誰もが知っていることである。 「わー! 王子様! 王子様だ!」  赤いとんがり帽子をかぶった小人が、二人を見上げて大きな声を張り上げた。すると後ろからぞろぞろと小人が集まってきた。  青、緑、白、黄色……色とりどりの帽子をかぶった小人たちは、あっという間に二人を取り囲む。そうして一人が魔王に指をさすと、一際大きな声で「王子様!」と叫びだした。 「はあ? 王子様ぁ?」  魔王をシラッとした目で見た勇者は、次には小馬鹿にするように口元を緩める。 「何を言う、王子様と言うなら僕だろう! 美しい僕こそが王子様にふさわしい!」 「えー? どう? どう?」 「王子様っぽくないよね」 「うんうん。こっちの人の方が強そうだし、こっちの人が王子様だよ」 「そうだよ。そっちの人はひょろっとしてるよ」 「ひょろっとはしてないだろうが!」  勇者がとっさに大声を出すと、小人たちが驚いたように飛び上がった。そうして魔王の後ろに隠れると、そのまま魔王をぐいぐいと引っ張って行こうとする。 「王子様、王子様! 眠り姫をどうか!」 「お願い王子様!」 「「眠り姫?」」  キョトンとした顔で、勇者と魔王は目を見合わせる。小人が数人がかりで魔王を引っ張っていたが、魔王はびくともしなかった。 「ふむ、これは興味深いな」 「おいやめろ。俺様たちには今、急ぎの用件があるだろう」 「まあまあ、魔王よ。考えてもみろ。妖精と人間を仲介できる小人族に加担すれば、何かと有益なことがあるかもしれない」 「それは今この状況で魔法陣を使いたい貴様だけの『有益』だろうが。俺様には関係がない。俺様は一刻も早く貴様から魔力を戻したい」  ヒソヒソ、ヒソヒソと繰り返される勇者たちの会話に、聞こえていない小人たちはそわそわと落ち着かない。少しすると「ちょっと寄り道するだけだろ」と大きめの声が聞こえて、勇者が小人たちを見下ろした。 「よし、僕たちをお前たちの住処に連れて行け! その眠り姫とやらの様子を見てやろう!」 「ええ! お、おいらたちは王子様だけで……」 「なんだよ、僕が居たら都合が悪いのか?」  勇者の言葉に、小人たちは一気にそれぞれと顔を見合わせる。しかしすぐに、何も問題はない、とでも言うようにふるふると首を横に振った。  勇者がニヤリと笑う。後ろで魔王は、深いため息をついていた。  小人たちの住処は、森の深くにある。とはいえ、街に出るための通り道である。逆戻りをするわけでもないために、小人たちの用事を素早く終わらせれば時間の大幅なロスも防げるだろう。魔王はひとまずそう思うことで、急く気持ちを落ち着けていた。 「こっち、こっち!」  小人たちはあくまでも魔王だけが必要なのか、魔王をぐいぐいと引っ張って歩いていく。しかし特に必要とされていない勇者は臆することなく、むしろ魔王よりも前に出て、先に歩いている小人に堂々と続いていた。 「ところで小人たちよ。お前たちの親玉はどこだ? リーダーが居るんじゃないのか?」 「リーダー? リーダー?」 「いないね」 「いないよ」 「ふむふむ。居ないのか」  何が知りたかったのか、勇者は持っていた小さな鞄からメモ用紙とペンを取り出すと、何かをさらさらと記し始める。魔王はそんな勇者を見て、しかし興味もなさそうに視線をそらした。

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