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第10話

 たどり着いた先には、人が一人入れるほどの棺があった。勇者と魔王がそれを覗き込むと、美しい男が一人、眠りについているのが見える。 「これが眠り姫か」  魔王の言葉に、小人たちが一斉に頷く。  勇者は男を見てうーんと首を捻った。そうして躊躇いもなく眠る男の瞳を開くと、じっくりとそこを確認する。 「わー! 何をするんだ!」 「やめろ! やめろ!」  小人たちが必死に勇者にぶら下がる。しかし勇者は動きを止めず、唇の色を確認したかと思えば、次には口の中に細い紙を差し込んだ。 「まあ待て小人たちよ。僕は探究心がとんでもないんだ。僕の探究心を満たさない限りは、こいつのキスはもらえないと思え」 「おい勝手に俺様を犠牲にするな」 「なんだよ、キスの一つや二つ」 「そこにこだわっているわけではないぞ、貴様の探究心の犠牲にされたことを言っているんだ」  眠る男の口から紙を引っこ抜いて、それを空に透かす。いったい何をしているのか。魔王にも小人たちにもまったく分からないが、勇者は何やらメモをとっているから、彼いわくの「探究心」を満たしているのだろう。 「ねえねえ、キス、まだ?」 「早く、早く」 「これはいけない! おい! 大事件だ!」  突然声を張り上げた勇者に、小人たちが跳ね上がる。  勇者が魔王を振り仰いだ。そうして両頬を包むように掴むと無理やり口を開いて、まじまじと中を確認する。 「……な、なんあ、いひない」  強引に口を開かれているために、呂律がうまく回らなかった。しかしそんなことよりも、勇者の顔がやけに近い。真剣な顔をして見つめられると、魔王もどこか落ち着かない心地にさせられる。  ぱっちりとした目も、淡いグリーンの瞳も、長いまつげも、近くで見ても毛穴一つ分からない白く柔らかそうな肌も、普段以上にキラキラとして見える。  勇者が普段から自分を「美しい」と称賛することも、今ばかりは納得してしまいそうだった。 「……ふむ。やっぱりだ」  キスさえ出来てしまうのではないかとも思える距離で、勇者が小さく呟いた。それにも魔王の心臓が跳ねる。はたして、勇者の声はこんなにも艶やかだっただろうか。思ってしまえば止まらなくなり、気がつけば、ゆっくりと離れていく仕草でさえ目で追いかけていた。 「……ゆ、勇者?」 「小人たちよ! こいつは魔族だ。魔王である! そしてこの眠る男は、僕が少し調べたところによると、人間ではない! つまり! 二人の相性は最悪だ!」 「魔王、魔王」 「相性? って何?」 「相性なんかある?」 「唾液が混じり合ってみろ。この男、二度と目覚めないかもしれないぞ」 「ええ!」 「それはいけない!」  突然慌て始めた小人たちをよそに、魔王の肩ががくりと落ちる。  無駄にドキマギとしてしまったのが恥ずかしい。いやもはや勇者相手に何を考えてしまったのか、落ち着け落ち着けと、魔王はすぐに自身に何度も言い聞かせた。  そうだ。こいつは勇者なのだ。いつも騒がしく魔王のところにやってきては、厄介ごとばかりを引き寄せる。静かに暮らしたい魔王の日常を侵食してくる男を相手に、ドギマギするなんておかしな話である。 (ありえない……)  魔王は緩やかに首を振る。その耳は、ほんのりと赤く染まっていた。 「小人らよ、今日はとにかく僕たちを休ませろ。いいか、僕は天才だが、その力を発揮するには充実した環境が必要だ。つまり、三食かかさず用意して、ベッドもあれば尚よし!」 「なんだこいつ! なんだこいつ!」 「暴君か?」 「天才を発揮できなきゃいけない?」 「馬鹿者! 僕が天才を発揮できないと、この男が目覚めないんだぞ!」 「ひ、ひとまず言うことを聞いておこう!」 「そうだ、そうだ、こいつおかしい!」 「怖い! 逆らうな!」  ざわざわと騒ぎ始めた小人たちは、すぐに勇者と魔王を山奥の狭い家へと案内した。  眠っていた男がかつて暮らしていた家なのか、小人ではなく普通の人間サイズの家である。そんなに広くはない。部屋は入ってすぐに一部屋あるだけで、狭いキッチンと質素なテーブル、そしてシングルベッドが一つ置いてあるだけだった。  小人たちはそこに二人を案内すると、何も言わずにこそこそと出て行った。 「……おい、何をしてる」  二人になると同時だった。勇者は何やら探し物でもしているかのように、あらゆるところを確認していた。テーブルの裏側、棚の中、シーツの下やベッドの隅々にまで目を配り、一通り終えたところで魔王に振り返る。

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