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第11話
「この家に魔法はかかってるか?」
「魔法?」
魔王がそれを確認するように部屋をぐるりと見渡すが、魔力らしきものは感じられなかった。
「いいや、何も」
「そうか」
「いったい何なんだ」
魔王が聞くと、勇者は唐突にバン! と玄関の扉を開けた。
するとそこからコロコロと小人たちが転がっていく。
「何か用かな、小人たちよ」
「うわあ! 見つかった!」
「逃げろ! 逃げろ!」
「変人だ!」
三人の小人たちは、カラフルな帽子を揺らしながら一目散に逃げ出した。
勇者が扉を閉める。すぐに、魔王が声をかけた。
「今のは?」
「お前、何も気付かないか?」
「何も? ……俺様は人間界には明るくない。察しろと言われても分からんぞ」
「ふむ、そうかそうか。いいだろう、この僕が、お前に教えてやろう」
途端に得意げになった勇者は、胸を張ってニヤリと笑う。
「あの人間、寝たフリをしている魔族だ」
「寝たフリ?」
「ああ。眠っているにしては脈拍が早すぎたし、目を開いた時も眼球が一瞬微かに動いた。まさか僕に調べられるとは思わなかったんだろうな。動揺でもしたのか、まったくつくろえていなかった」
「……どうして言わなかった」
「目的を知れば、利用出来るかもしれないだろ? 何、大丈夫だ。僕に任せておけばいいさ」
勇者はやはりふふんと鼻高々に胸を張っていた。
「……俺様は先に行くぞ」
「まあ待て。あいつらの狙いはお前だぞ、魔王」
「狙い? 俺様が?」
「ああそうだ。あいつらすっとぼけたフリをして、お前が魔王だと気付いてる。最初に僕がお前を『魔王』と言ったとき、驚きも何もなかっただろう?」
言われてみれば、やけにすんなりと受け入れられたかもしれない。魔王は恐れられる存在ではないがあまり外を出歩かないために、存在がバレると大抵は驚愕されるものだ。
「それで貴様はこの家を隅々まで調べていたし、あいつらは盗み聞きをするような真似を?」
「そういうことだ。……あの眠っている男がどういう存在かが鍵だな」
勇者は難しい顔をして腕を組むと、何かを思いついたように持っていた本を開く。その横顔は真剣で、魔王は声をかけることをなんとなく躊躇った。
勇者は自身でも言っていたが、探究心が旺盛だ。魔法陣をいくつも見つけ出す……いや、創り出すような変わり者であり、奇才でもある。そんな男が集中した世界に入り、言葉を聞き入れるとは思えなかった。
魔王は諦めたようにベッドに座り込んだ。そういえばこれは一つしかないが、今日はいったいどうやって眠るつもりなのか。暇を持て余したからか、唐突にそんなことが気になってくる。
しかし次には「一緒に眠るからといってだからどうしたのか」と、自身の中にふつふつと湧きかけた焦りを無理やり抑え込むように開き直る。魔王はそんな自身に呆れたように眉を下げた。
「よし! 何も分からん! 寝よう!」
突然大きな声をあげた勇者に、魔王がびくりと肩を揺らす。
「寝る、寝るのか?」
「ああ、少し疲れたのか頭が回らん。寝て回復したい」
「待て、水浴びにでも、」
「明日だ明日!」
僕は早く回復したいんだ、と言いながら、勇者が一枚一枚、大胆にも服を脱いでいく。
「待て! どこまで脱ぐつもりだ!」
「ここまでだが?」
気がつけば、勇者はしっかりとシャツ一枚になっていた。下には何も履いていない。シャツから伸びる真っ白な生足はさらけ出されていた。
「き、さま……!」
「む? 何を赤く、」
「俺様は床で寝るからな、貴様にはベッドを譲ってやろう」
「おおそうか! 気がきくな!」
この男に付き合っていてはキリがない。察した魔王はすぐに引くと、言い合いをするのも面倒だからとすすんで床で寝ることを伝えていた。
勇者は無防備だ。挑んでくる時もそうだったが、基本的にあらゆる面で無防備だ。
魔王はひとまずベッドから下りると、すぐに床で横になった。勇者がベッドに上ったのを確認して、ベッドには背を向ける。
なんとなくだが、あまり見てはいけないような気がした。
そんな魔王の心も知らず、三分もしないうちに寝息が聞こえてくる。呑気なものだ。魔王がちらりとベッドを見ると、大の字になって口を開けて寝ている勇者の横顔が見える。
(……本当に、馬鹿らしいことだ)
そうは思いながらも、その呑気な寝顔から目が離せない。
――嫌な予感がしていた。もうずっと昔に忘れていた感情を思い出してしまいそうな、そんな予感だ。
勇者は無防備に、そして無遠慮に魔王に踏み込んでくる。誰もが畏怖する魔王に臆することなく、真正面からぶつかってくる。
魔王が弱っていた時期なんて関係なく、それの理由も聞かないまま、むしろ好機とばかりに挑んではトラブルばかりを巻き起こすから、魔王が感慨にふける間もない。
「……貴様はもう少し、俺様を疑え」
たとえばこんな時、そんな格好で眠るべきではない。
勇者は相変わらず、静かな寝息を立てていた。
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