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第12話
翌日、魔王が起きると、すでに勇者は支度を済ませていた。目的の「回復」は無事済んだのか、さっそく本を開いて何かをノートに記している。
魔王が体を起こしても、勇者はひたすら本と向き合っていた。そのため魔王も声をかけることなく、狭いキッチンで顔を洗う。
本来ならこんな人間臭い作業は魔法でどうにでもなるのだが、今は力が半分なために使い勝手が悪い。失敗して情けない姿をさらすかもしれない可能性を思えば、人間臭い行動を選んでいた。
「おお、起きていたのか魔王」
勇者がようやく気付いたのは、魔王が起きてから優に一時間は経った頃である。
「回復はできたようだな」
「もちろんだ。僕だぞ」
勇者はいつもの調子で笑う。それと同じタイミングで、玄関からコンコンとノックが聞こえた。
「朝ごはん!」
扉を開けたのは勇者だった。すると外に居た小人たちは驚いたのか揃ってびくりと震えて、数人で持ってきた二つのお盆を差し出す。お盆の上には人間サイズの器で朝食が用意されていた。
「ありがとう、いただくよ」
「食べ終わったら、呼んで」
「眠り姫、眠り姫」
「分かってるさ」
勇者が強気に笑うと、やっぱり小人たちはどこか不安そうに出て行った。
お盆を二つ受け取った勇者はそのまま少し立ち尽くし、外を伺うように視線をめぐらせる。そうしてお盆をテーブルに置くと、手を一度おもむろに横に振った。
「ほう。使いこなしているな。結界か」
「盗聴防止にな。……しかし不完全だ。魔王もかけてくれ」
「仕方がない」
二人が同じ魔法を使えば、ようやく結界が完成したようだった。
魔力が半分になったために二人で一人前なのだろう。少々厄介ではあるが、勇者は何も気にしていない様子で朝食を食べ始めた。
魔王もそんな勇者の正面に座る。しかしすぐに、勇者がどこか不思議そうな顔をした。
「む、おい魔王、この飯は食うなよ」
「は?」
「どうやらこれには、魔封じが施されているらしい」
すでにもりもりと食べている勇者は、変わらず口に放り込みながら魔王にそんなことを言う。
「……魔封じ?」
「やはり狙われているのは魔王のようだな。お前を封じれば僕一人なぞどうにでもできると踏んだんだろう」
「それなら貴様も食べるのをやめたほうが良いのではないか? 貴様もすでに半分は俺様の魔力を持って、」
言うが早いか、勇者の体がぐらりと揺らいだ。
魔王はとっさに立ち上がる。そうしてめいっぱい手を伸ばし、床に叩きつけられそうだった勇者を無事抱きとめた。
「おい!」
「ふむ……油断した。そうか、僕は今半分は人間ではなかったな……」
「どうして貴様は頭は良いのにこうも馬鹿なんだ!」
勇者の目がゆっくりと閉じていく。力ないその姿に魔王の背筋が凍ったとき、勇者の口角がふっとつり上がった。
「ねむりひめ……なるほど……」
うつろな声だった。そんな声で「まおう」と力なく呼ぶと、勇者はなんとか薄らに目を開く。
「キス……を」
「……は?」
「き……」
「そ、それで貴様が治るのか!?」
勇者はふたたび目を閉じる。答えはない。けれど考えている暇もなく、魔王はそっと顔を寄せて、触れるだけのキスを落とした。
柔らかい感触だった。ずいぶん昔に忘れていたそんな行為に、魔王の心臓はどくりと跳ねる。
「勇者?」
伺うように見下ろすと、勇者の目は緩やかに開いた。
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