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第15話

「おおすまないな小人たちよ。僕は魔王にキスをしてもらわなければ生きていけない体なんだ。悪く思わないでくれ」 「なんだそれ、なんだそれ」 「やっぱ変だこいつ、怖い!」 「怖い! 怖い!」 「さあ僕たちを早く眠り姫の元に連れていけ! いいか、三十分以内に連れて行かないとまた僕が魔王とキスをするぞ」 「ぎゃあ! 早く! 早く!」 「急げ!」  相変わらず、勇者は悪い顔をして小人たちを脅している。それを見ていれば、魔王のざわついた気持ちも落ち着いていく心地だった。  慌てて早足に歩き出した小人について行くと、昨日と同じところに例の男が眠っていた。どう見ても魔王には眠っているように見えるが、調べた勇者が「寝たふりをしている」と言うのだから間違いはないのだろう。 「少し、この男の血をもらうぞ」 「な! 何をするんだ!」 「やめろ! やめろ!」  注射器を取り出した勇者に、一気に小人が飛びかかる。 「眠り姫をどうするんだ!」 「殺す気か!」 「馬鹿を言うな。僕は今は亡き祖母から簡単に人を殺すなと言われて育ったんだ、殺しやしないさ。少し調べるだけだろ、なんだ、何か不都合でもあるのか?」  勇者の言葉に、小人たちが目を逸らす。 「ないだろう? そうだよな? それならいいだろう?」 「ぐぬぬ、仕方ない」 「ね。仕方ないね」 「そうだ。不都合がないなら調べるのは仕方がない」  とんだ屁理屈には聞こえるが、きっとやましい気持ちを隠している小人たちには正常な判断ができなかったのだろう。勇者の言ったことが正論であるかのように押し切られて、渋々眠る男を調べることを許可してしまった。  勇者が男のそばに寄り、腕を持ち上げる。人よりもうんと重い。筋肉は少なく、肌の表面はざらついていた。はたして針は通るのか。危惧していた勇者の心配を裏切るように、出来るだけ倒された針は滑らかに肌に刺さる。 (反応はない。血液は薄い赤)  まぶたすら揺れなかった。二度目になるために、今回は動揺も少ないのかもしれない。  針を抜いて、今度は口を開く。一番に鋭い牙が見えた。小人たちはそれに何かを言われるかと身構えたようだったが、勇者は何も言わずに細い紙を頬の裏側に引っ付ける。 「それで何が分かる?」  特に他意もなさそうに魔王が尋ねた。小人たちはよくぞ聞いてくれたとばかりにゴクリと喉を鳴らす。小人たちにとって、変なことを気付かれては都合が悪いのだ。  しかし勇者は集中しているのか、魔王を振り返ることもしなかった。一生懸命にノートに向き合い、何かをひたすら書き記している。もちろん魔王にも小人にも読めない。よく分からない文字であるそれは、人間界でも魔界でも見ないものだった。 「こいつ、何してる?」 「王子様、キス、キスは?」 「まあ待て。こいつは面倒くさいんだ。俺様が勝手なことをすればどうなるか分からん」  非力に引っ張る小人たちを、魔王は静かに制する。  魔王は今動けない。もしかしたら、勇者はすでに何かを掴んでいるのかもしれないのだ。思い返せば一番最初、勇者は魔王が眠る男にキスをすることをおかしな理論で避けさせた。今日も疑惑を確信に変えるためにここに来たのだとしたら、それの結果が分かるまでは、魔王が独断で動くわけにはいかないだろう。  やがて勇者は立ち上がると、ちらりと魔王を見上げる。 「何がわかった?」 「水を浴びたい」 「は?」 「小人たちよ! 僕は水浴びを所望する!」 「なんだ! なんだ!」 「いきなりなんだよ!」 「人生はいつだって突然の繰り返しだ、慣れろ」 「やっぱり怖い!」  魔王はなんとなく、勇者が小人たちと離れたがっていることを理解した。そのため特に抵抗もせず、さっさと行くぞ、と素っ気なく言葉を返す。  勇者が立ち上がった。その頃には小人たちも諦めたのか、あっちに行けとでも言いたげに指をさしていた。

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