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第16話

 水場は少し離れたところにあった。二人はそこにやってくると、魔王がさっそく勇者に振り返る。 「それで、あの男はどういう……おい!」 「ん?」  キョトンとした顔で、勇者が首を傾げた。心底不思議そうな顔だ。この場でおかしいのは魔王なのではないかとすら思えてくるような、そんな雰囲気すら感じられた。 「なぜ脱いでいる!」 「服を着たまま水浴びをするのか? 魔界にはおかしな風習があるんだな」 「そんな風習はない。俺様は入らないからな」  勇者は躊躇うこともなく、するすると脱いでいた。魔王は背を向ける。しかし、衣擦れの音が聞こえて、パサリと洋服を落とす音までもがクリアに聞こえては、つい気になって横目にそちらを見てしまった。  勇者は華奢ではないが、目立って筋肉がついているわけではないらしい。すらりとした体躯と白い肌が印象的で、腰から尻にかけての曲線も滑らかである。  全体的にきゅっと引き締まったバランスの良い体に、魔王はつい見惚れてしまった。 「……ん? なんだ魔王。美しい僕に見惚れてるのか?」  揶揄うような声音に、ようやく魔王が我に返る。 「誰が貴様なぞ、」 「まあそう照れるな。ほら魔王も脱げ、さっさと済ませるぞ。話はそれからだ」 「何が話だ、おいやめろ脱がせるな!」  裸になった勇者が、魔王の幾重にもなる服を乱暴に剥いでいく。まるで乱暴をされようとしている少女の気分だ。勇者はニヤニヤと笑っているし、脱がせる手つきには容赦がなかった。 「おい!」 「なんだ魔王、そんなに見せたくないのか。僕が美しいために並びたくないのは分かるが、あんまり渋るものじゃないぞ」 「そうじゃない」 「なら腹がでっぷりとしているのか。着痩せか?」 「そうでもない」 「ええい面倒だな」  焦れた勇者は、早々に魔王に飛びかかった。当然魔王は抵抗しようと勇者を掴むのだが、勇者のその肩の感触につい反射的に手を離す。  思っていたより、柔らかかった。魔王がそんなことに気を取られている隙に、飛びかかった勇者が魔王を押し倒し、順調にシャツを脱がしていく。 「なんだ、良い体をしているじゃないか」 「う、わ! おい離れろ!」 「男同士なんだ、隠すものでもないだろ」 「阿呆か! 俺様には男の恋人がいたんだぞ!」  魔王の言葉に、上に乗った勇者がピタリと動きを止めた。そうしてパチパチと目を瞬く。何を言われたのかと、意味を考えているのだろう。 「俺様の対象は女ばかりではない。……あまり、無防備すぎるのはやめろ」 「……とにかく脱げ」 「話を聞いてたのか!」 「いいから。……僕は戯れているわけじゃない。お前のために言ってるんだ。できるだけ隅々まで水で洗い流せ」 「……それは、どういう、」  魔王が言葉を言い切る前に、魔王の上に乗っていた勇者の体が揺らいだ。三度目になるそれには魔王も慌てることはなく、勇者をしっかりと抱き留める。どうやら三十分が経ったらしい。 「貴様のその体質はどうにかならんのか! 面倒くさい!」 「……ぼく、に……言うなよ……」  むにゃむにゃ、とでも聞こえてきそうな、まどろんだ声音だった。それには魔王も何も言えず、早く済ませようとさっそく顔を近づける。  しかし。  ぴったりと引っ付いた勇者の肌が視界の隅っこに見えて、魔王は動けなくなった。ほんの少し体を離せば、勇者の体がよく分かる。白く、しなやかな体だ。しっとりとしていて、なぜか目を引く。 (まて、俺様はなぜまじまじとこいつの体なぞ……)  そう思うのに、目が離せない。  こんなことをしている場合ではない。勇者には結局このまま放置すればどうなるのかを聞いていないし、小人たちのことだって油断ができる状態ではない。勇者を早く目覚めさせなければ、目的も明らかではない小人たちが一気に集まって袋叩きにされることもあるだろう。  そんなこと、魔王にだってよく分かっている。  ――ゆっくりと顔を近づけた。柔らかな感触が重なってすぐ、魔王は舌を滑り込ませる。  横目に勇者の体を見つめていると、これまでになく体が熱くなっていくようだった。  ピクリと、勇者のまぶたが揺れた。しかし魔王は止めることもできず、じっくりと味わうように舌を動かす。魔王の手が自然と勇者の頬に触れた。そのままするりと首筋に落ちると、さらけ出された胸元へとくだっていく。  肌の感触を楽しんでいた指先が胸の突起に触れたとき、勇者がようやく目を開けた。 「……ま、おう?」  うつろな声だ。まだ覚醒していない。  魔王は一度ちゅうと唇に吸い付くと、ようやく唇を離す。 「起きたか」 「ん、ああ。僕としたことが、三十分で魔封じが効き始めるのを忘れていた」  勇者が起き上がる。それを見届けて、魔王ははだけていた服を脱いだ。 「お、入る気になったか」 「気になることを言われたからな」 「ああ。その件については、入ってから教えてやろう」  勇者の目が一瞬、茂みに向けられた。しかしそこには誰もいない。勇者はただ、小人を警戒しているのだろう。  二人が水に入った頃、すっかり元気になった勇者が口を開いた。

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