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第19話

「だ、だだだ誰?」 「俺様は魔王だ。貴様が眠り姫か?」 「ま、魔王!? ぅう、もう嫌だ! 王子だの魔王だの最悪だ!」 「王子?」 「あのね、あのね、眠り姫は引きこもりなの」 「引きこもりたくて、眠り姫になったんだよ」 「だから王子様が嫌い」 「そうそう。寝ていたかったんだって」  呆れたような魔王の目が、男に向けられる。男はどこか怯え気味に魔王を伺うと、声を震わせながらも「なんだよ」と強気にも言ってのけた。 「……なるほどな。だからあの家も棺ももぬけのカラで、うまく利用されたわけか。貴様、いつから見ていた? あの偽物の眠り姫の存在は知ってたのか」 「し、し、知ってたよ。だけど都合がいいなって思って……だだだって、別の眠り姫がいれば、あの王子もおれになんか見向きもしなくなるって……」 「嫌だなぁ、ぼくの愛しい眠り姫。きみ以外には興味もないし、むしろ邪魔だなって思っていたのに」  魔王と眠り姫の背後だった。  いつからいたのか、やけに派手な容姿の金髪の青年がにこやかに立っていた。 「ぎゃあー! 出たー!」  眠り姫がとっさに逃げ出す。しかし男は瞬時にそれを捕まえると、自身のもとに抱き寄せた。 「それで、愛しの君。この男は誰かな?」 「俺様は魔王だ。眠り姫のフリをしていた悪魔を追っている」 「…………魔王?」  腕の中でジタバタと暴れる眠り姫を難なく捕まえている男は、相手が魔王ということに驚いた様子を隠さない。 「……これはこれは……まさかこんなところで話題の人に会えるとは思ってもいなかったよ。初めまして、ぼくはミシェル。人間界では王位継承権第一位の王子という立場だ」 「……話題か、なるほどな。勇者が言っていた。俺様と勇者が手を組んで、世界を征服しようとしているらしいな」 「そのとおり。勇者くんとは一緒じゃないのかい?」 「その勇者が、眠り姫のフリをしていた男にさらわれた。俺様は今そいつを追っている」  王子の顔が訝しげに歪む。眠り姫はその隙になんとか王子の腕から抜け出した。けれど腕だけは掴まれているために離れることはできないらしい。 「……それは協力できないな。例の話が本当であれば、きみたちを揃えると世界が終わる」 「そうだな。噂が本当ならな」  声音は鋭かった。魔王の視線も強く、射抜くように王子を見ている。 「……なるほど、訳ありか。まあそうか。きみたち、ただの新婚旅行に来たバカップルかとしか思えないやりとりしかしていなかったしね。そんなノリで世界を征服されても困るし」 「見ていたのか?」 「まままままさか、お、おまえ、あの部屋に何か……」 「ふふふ、眠り姫。ぼくはいつだってきみの側にいたいし、何もかもを知っていたいんだよ」 「ききき気持ち悪い!」  またしても逃げ出そうとした眠り姫を、王子が爽やかに抱きしめた。 「さて魔王。正しくはぼくは『聞いていた』だけでね。音質も悪く、あまりよく聞こえてもいない。事情を説明してみろ、今回の件、王族としても穏便に済ませたい」 「貴様にそれを話す義務はない。急いでるんだ、ダンタリオンの居場所に心当たりがないのなら俺様はもう行く」 「まあ待ちなよ」  諦めたようにぐったりとしている眠り姫を一度嬉しそうに見つめると、王子はキラキラとした笑顔を浮かべる。 「実はぼく、棺に眠っていた彼を見つけて眠り姫の新しい男かと思って追跡魔法をかけたんだ。ほら、最悪の場合消さないといけないだろ?」 「……魔法?」 「人間でも王家の直系の者だけは魔法が使えるんだよ。強くはないけどね、簡単なものなら正確性も高い。だから今勇者くんがどこに居るのかもだいたいは分かるし、ついでにあんまり離れられないようにもしておいたから、魔界に帰ったってことはないんじゃないかな?」  少しの間、沈黙が落ちた。  王子は表情を崩さない。ただ眠り姫を抱きしめて、にこにこと魔王を見つめるばかりである。 「……いいだろう。話をしよう」  やがて魔王は、急く気持ちを抑えつけて、王子の言葉に頷いた。    

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